自主映画まみれ!

自主映画(特に個人映画)という特殊で奇妙でへんてこりんでとてつもなく面白い世界の紹介や批評や悪口や日々のくだらないどうでもいいことを脈絡無くつづったブログ。ただいまブログだと怖いけど会ってみたら割といい人じゃん♪キャンペーン実施中(落とし所不明)

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自主映画鑑賞とは、いつも超特等席から見る野球のようなものだ。

Category: 自主映画雑感  
自主映画作品を見ることは多くの場合、作者の自主興行による上映会であることが大半である。
その場合、普通の商業映画と特に異なるのは鑑賞者と作品との距離感だ。
というより、鑑賞者と作品との距離の間に監督(作者)が入り込んでいるということじゃないかと思う。
しかも鑑賞者と監督の距離感がまた近すぎるんだわ。作者の顔を見て、声を聞いて、仕草を見ているうちに、作品ではなくて監督に肩入れしてしまう。
そういう普通の映画を見るときとの差異をあまり気づかない人が多いように思う。
自主映画の感想を書いているHPなんか時々見てみるが、しょせん感想なんてのは鑑賞者の個性の発露に過ぎないとはいえ、どうも贔屓目だったり我田引水っぽい賞賛が多すぎる。
中にはそういう書き方こそ自主映画のレビューであると思い込んでるんじゃないという気すらする。いや確かに昔は俺もそうだった!
(もうそういう薄甘いデータが残って無いのが幸いだw)。
なんで自主映画レビューには奇妙な賞賛が多いのか?そして自分もそうであったのにそうでなくなってきた理由というものを考えてみた。

【ここで問題です】
野球を観戦するときに最も試合を面白く、エキサイトできるシート(座席)はどこか?
ヒント)内野席でもボックスシートでもネット裏でもありません。
 
【答え】
ベンチの中。

自主興行での自主映画を見るというのは、野球をチームのベンチの中で見るに等しい。
そうなるとプレイヤーへの感情移入が簡単に出来上がるので、そのチームがどんなにヘボでも下手くそでもそりゃ一球一球にわーわー!と応援したくなるってもんだ。

本物のプロ野球の試合と比べたら実際は球も遅いしスイングも鈍い。観客席で見ようものならとても耐え難いチームの試合でもベンチに入ればあら不思議、途端に一つのプレー一つの判定に一喜一憂する。
普段なら正面のゴロしか取れない三遊間の選手が何かの拍子にライナーを横っ飛びで取ろうものなら奇跡でも起こったかのような喝采をあげたくなる。
でも、忘れてはならないのはやはりそこはプロ野球の試合ではないのだ。

いまいち伝わらない奇妙な自主映画レビューを書く人は観客席での感想ではなく、ベンチの中から見た観戦記を書いているのだ。
確かに自主映画の自主興行は規模が小さいのでベンチにしか客席がないようなものなので当人も知らず知らずのうちにベンチにいるもんだから観客席との温度差には気づかない。
「何でお前らにこの作品の面白さがわからないんだぁ~!」
なんていくら叫んでくれたって観客席の全員をベンチに入れられればその声は届くだろうけど、元々自主映画の自主興行におけるベンチはそんなに大きくは無いし、ベンチとはそもそもそういうサイズのものだ。
何度も書くが自主映画をもっとメジャーにという動機でのレビューならば、それはベンチに入れない観客席の人の視線で書くべきだ。

でも、その一方で『作品と作者と観客の距離の短さ』こそが自主映画にのめり込む良いきっかけであることも間違いないし、その手法は駆け出しアイドルのファンサービスと同じ方法だ。
だから俺の視点は作者には置いていない、作者と観客の間に立つ『流通』と『報道』がどうあるべきかを考えることこそ自主映画発展(そもそもどういう状態を自主映画の発展というのかの定義を、この言葉を使う人は具体的に想定しているのか?ま、この話はまた別の機会に)に大きく寄与するものだと思っている。
なぜならはるか昔から自主映画はあったし、これまでにも名作傑作は数々生み出されてきている。なのに!いまだに自主映画はマイナーだ。
ということは発展という目標に対し『作者』あるいは『名作・傑作』は(だけでは)力になりえなかったということの証左に他ならない。
では何が力になるのだろうか?昔の自主映画と今の自主映画では何が違うのか?
それがレンタルビデオ店だったり、ぽつぽつ現れている上映会場だったり、作家でないのに開催する上映イベントなどのメディア利用者だ。
そういうものの中の一つに自主映画レビューブロガーも含まれる。2チャンネルの自主映画スレッドでどんな作品でも『良い』といった途端に『身内 乙!』となるのは結局今までのレビューがみんなそういう視点だったからその名残(名残というほど衰退してもいないけど)であるといってもいいかもしれない。

最初の話に戻る。
個人レベルの自主映画レビューの殆どすべてがベンチの中の観戦記だ。そんな特殊な見方でそれをそのまま言葉にするんじゃない。仮に見る場所がベンチの中からでも視点は常にスタンド(客席)のものであるべきだ。
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テーマ : 自主制作    ジャンル : 映画

Comments

追記 
これ悪い作家の癖にも当てはまるんだけど、ベンチの中だけの客の反応を見て自作品が素晴らしいと勘違いするという事象も同時に起きてるんだよね。
シビアでドライな観客こそが作家を育てるという意味ではバカ作家を育てるのはへぼチームのベンチの中で周りが見えなくなっているバカ観客だ。
観客を育てる機会が一番多いもの実は中間者(←これ、もっと分かりやすくて良い言葉無いかなぁ)なんだけどなぁ。
ベンチの中から試合を見ちゃうと悪口言えなくなるのは分かるけどね。
言ってることが正しければ真っ当な人は聞いてくれるよ。
No title 
なんだ・・・夜中のスポーツニュースでダイジェストを見るが正解かと思った
ちなみにアウトマンでは上映前に酒を振舞うようにしております

これでベンチはかなり広がります
No title 
>冷静に結果を見るならそれが正解ですが、球場で生で見たらたまりまへんがな。さらにそれがベンチの中なら巨人ファンでも阪神ベンチにいたら阪神ファンになるぜ。
でも、仮にそうなってもやはりドライなのが俺の性格・・・・・・裏返せば薄情者。

はぁ。

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どんぱちの小原です♪

Author:どんぱちの小原です♪
映像草野球トイウ冠ヲツケテ~どんぱちプロダクショント名乗ッテマース。ソシテぇ自分デ映画作ッタリィ、自分デ上映シタリィ、出演シタリィ、他ノ上映会二行ッタリ感想書イタリ悪口言ッタリ アリトアラユル方向カラ自主映画ヲ見テイマ~ス。
自主映画デサエアレバ傑作モ駄作モ大好ゥキデ~ス。

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