自主映画まみれ!

自主映画(特に個人映画)という特殊で奇妙でへんてこりんでとてつもなく面白い世界の紹介や批評や悪口や日々のくだらないどうでもいいことを脈絡無くつづったブログ。ただいまブログだと怖いけど会ってみたら割といい人じゃん♪キャンペーン実施中(落とし所不明)

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映像温泉芸社上映会その16 私は芸社をゆるさない(後編)

Category: 上映会・作品感想  
そういうわけで昨日に引き続き「映像温泉芸社上映会その16 私は芸社をゆるさない」の各上映会作品の感想です。

トップ2


ネタバレが激しいのでいつか作品を見たいのでそのときのために楽しみを取っておくという人は絶対この先を読んではいけません。
しかし、そうやって本当にあとから見れる機会なんて自主映画に限ってはほとんどありえないか、ごくごく少数派です。そのことを気にしてふわふわした点いてるのか点いてないのか分からない昼行灯のような記事を書いても、それこそ「印象すら残らない」ものになり、作品のことは永久に消え去ることでしょう。
それこそ「自主映画にとって馬鹿馬鹿しい結果」といえるでしょう。見てももらえない上に知ってももらえない?
作品を実際に見た少数派よりも見れない・見ない多数派に向けて、「見た気になってしまえ!」というのがこのブログで作品感想を書くときのコンセプトです。
 

■海女ゾネス(AC部)

海女ゾネス

安達亨、安藤真、板倉俊介のグラフィック作家三人のグループAC部。
もう普通のプロのクリエイター集団なんだけど、
考えてみれば彼らが映像温泉芸社(もしくは自主映画のイベント)に作品を出すことにどんな意味とか感慨を抱いているのか聞いてみたくなった。
感謝なのか、自分達の溢れるエネルギーの発露なのか、芸社への応援なのか?
いや、単に好奇心だけど、自主映画に関わる人の理由の多彩さって作品の多彩さと同じく随分広いんだろうな?と思った。

全6章のうちの一つ『修行の章』って
去年やった奴じゃん!
1年経ってもまだ進まない。
ほっ。熱球はまだ大丈夫だ(独り言)。
細かい絵の直しが数カットあるにしろ基本は前回と同じもの。
相変わらずのド迫力の絵とぶっ飛んだ動きに圧倒。
さすがに2回目となると初見のインパクトもやや薄れて考えながら見てしまったが
この作品、男性が女性の美について語っているけど
彼らの語る「女性の美」はまさにアマゾネスであって大和撫子ではなく、ましてやメーテルや綾波ではない。
なわけだから当然、美の獲得までの経路は当然修行と闘いを通過することになる。
だから前回カタルシスがあったんだと納得。
だってこの作品では「美しくなる」=「闘いでの勝利」だからね。



■女神ナース ビーナース(伊勢田勝行)

ビーナス

画家は芸術性が高ければ高いほど理想に足を取られ社会性をなくしていくが、そこに画商が現れることで作品と消費者が出会うことができる。そんな幸せな関係を伊勢田と温泉芸社に重ねることができる。
伊勢田作品については前に膨大でイマイチまとまりの悪い感想を書いたことがあるので、今回は簡単に。
彼の作品を構成する要素はこの作品でも揃い踏みしているが、同監督の他作品に比して今回特に突出しているのが
オヤジギャグ!
っていうか、もう頭から尻尾まで全部オヤジギャグばっかりやぁ~~~~!
作者も年をとってきたのだと解釈すべきか、中身は同じでも見せ方一つでウケるのならそれも「芸」と解釈すべきか?

でも、もしかして初めから
「今回は全編どこもかしこもすべてオヤジギャグで統一しよう!」
という制作テーマだったのではないか?とすら思う。
だとしたらますます伊勢田恐るべし。

すげぇな。
(若い奴がやってるならわざとやってるという感じがするけど、本当のおっさんがやるから「マジ?」かなぁとも心配する)



■マリオの旋風(かぜ)(高岡晃太郎)

マリオの旋風


相変わらずの狂いっぷりに爆笑。
同時に散漫な感じも。
強烈な印象を残すいつものインパクトが今回は無い。
一つ一つのギャグや展開やセリフは上手いけどどうもベクトルが皆散っちゃってるのと
デカイ大砲が無くて小銃ばかりだった気がする。
つってもレベル高いんだけどね。

彼に限ったことではなく映像温泉芸社フリークになると同じ作家の中で作品ごとの比較が可能になり
面白さや感動がインフレを起こしてしまう。
「前のあれの方が面白かったね。」
というのはまぁ、面白い奴の宿命やね。

ところでお前のところの公式サイトとやらにあるリンク集に俺のサイトを貼ってくれてるのはありがたいが
(しかもトップに)なんで俺の名前が秀樹やねん?
http://takaoka.kurushiunai.jp/link.html

長い付き合いやのに・・・・・・・。



■シャイニング通り(山本拓&高岡晃太郎)

俺の中では今回の上映作品中この作品が
一番感動した。

写真無し


シュールでナンセンスなストーリーと展開とキャラクターと会話。
au公式『ショートムービー・チャンネル』で公開されている作品全6話を一気に見せてくれた。
各話の最後の閉めの引き絵がステキだ。
あれ一つで、これが「映画」として作られてることを立派に証明して見せている。
もちろんオープニングの絵も各話同じアングル(というか使い回し?)で始めているが
タイトルと同じ通りのプレートが貼ってる電柱に掌がバン!なんてのは格好良い!
それ以外の余分な付け足しは無く、またそれ以外の介入を許さないシンプルで分かりやすく正確で効果的。

で何に一番感動したかというと
毎回この作品はシャイニング通りを通り抜けようとする学生とそれにちょっかいを出すヤンキー姉ちゃんのイジメ・イジメられる姿が共通するモチーフなんだけど、次第に双方の話をお互いが聞いたり聞くようになっていったりする。もちろんその場では互いを否定しあうのだけど、でも「他人の言葉に耳を傾ける」ことってコミュニケーションを確立するためのもっとも大事なステップ。
個人的だけど俺は「何もかも気が合う友情」とか「何も言わなくても通じる友情」とか抜かすフレーズが大嫌い(あと、「運命の赤い糸」とかいう努力を放棄した脳みそ腐れの単語も同率1位で嫌い)だし、そんなものは世の中に無い。
と思っている。だから「これっぽっちも共通点が無くて、喧嘩や罵り合いや迷惑かけたりかけられたりしてるけどなぜか支えあっている」という姿こそ本来の人間のあるべき姿だと思っているので、この作品に大共感。
自分と違う人とでも仲良くなれたり、共感しあえたりすることこそ人間のもっとも素晴らしい能力だと思うぞ。
もし、そうでなければどうして国家や民族を超えて人同士が繋がれるものか。



■中村犬蔵監督の「地獄星」

地獄星


安定した面白さ。
ただこの作品にも完全にインフレが起きていて隠れ犬蔵ファンしてみれば、やや不満。
多分他の作家なら満足していただろうけど、「あの中村犬蔵ならば。」と思うと今回は食い足りなかった。
前回の「ネコマン」や「恋のユラユラ大作戦」という大傑作のあとだと、「あう・・・・!」と惜しい気持ちになる。
今回は枝葉の豪華さはあるけど幹が細いという感じ?
この作家の作品はどれもかなり面白いのだけど、今回の作品と同じ感情(感想)を持ったことが3年前の「メカデンキネコ逆襲」にあって、ハイテンションでギャグがぶち込まれて休む暇も油断する間もない怒涛のみすず学苑(←一部にだけウケる)のような作品だったが、
このときもずっと笑い続けながらどっかで「退屈(?)」感があった。
テンションが高くても低くても同じ調子が続いたならそれが「単調さ」に結びつくんだと理解したが、この作品で「その単調さ」は「ドラマやストーリ」よりも「ネタの披露」に重点が移動した時に、それを1時間続けることから生じるんではないかなぁ?」と思った。
ネコマン・ユラユラにあった「別れと命がけ」という重いドラマをギャグやネタが飾ってくれた。

いやいや、それでも十分以上面白いんだけどね。
観客の欲望の際限の無さを自分で感じてしまった。

でもまったく心配していない。
次はきっと、その次はもっと面白がらせてくれるだろうという期待と予感が薄れることは無いから。
ああ、客って残酷。


■総評・・・・・というか判決
有罪
でも検察側からの控訴付き。
俺が「映像草野球」と言う言葉を使うようになって10年以上が経つ。
一昔前の映画崇拝主義者から見れば彼らの崇め奉る映像・映画に対するこういうふざけたアピールは噴飯モノでしかなかった。また現実今でも外野でごちゃごちゃ言う奴らもいるが、実際は俺の場合その言葉はまだ自分にしか向けられていない。
本来なら、「映画作る遊びってマジで面白いぜ!お前もやってみな!」
という他者への働きかけのための「キャッチコピー化」だったはずなのに「自分の行為の正当化のための言い訳としてしか機能しなくなっている。」
せっかく落とし穴を作っても誰も落ちてくれなければ「無罪」だ。
自分が落ちてりゃ「自爆」だ。

今回の温泉芸社のイベントテーマである裁判形式という演出において、彼らはその文脈の中に「バカ映画に影響されてバカ映画を作った被害者が出た。」という設定と演出を行っていた。まぁそういうフィクションを除いてみても、毎年イベントの観客は増え続けているし、札幌や広島、沖縄(!)などの地方興行も行っている。また実際に少子高齢化が進み限界集落化しつつあるこの団体にだってときたま新しい顔ぶれが増えていたりもするぐらいだから、その点では間違いなく「有害な行為の伝播」行為において「有罪」であることは間違いない。しかしどうだろう?彼らの興業のレベルの高さ・完成度の高さ・面白さを思えばもっと大量のバカが出ても良いハズだと思う。彼らが掘った落とし穴はそんな生易しい作りではない。なのになぜ被害者が少ないかといえば彼らの犯罪行為がどういうわけか「自分で自分の掘った落とし穴にわざと落ちてキャーキャー言う面白さに気をとられてしまっている」からだ。
そのため被害者の増加が押さえ込まれてしまい、このままではなんか微罪でしか起訴できないのだ。

駄目だ駄目だ駄目だ!
奴らのやっていることは
今後子供が選ぶ
「将来なりたい職業は?」に
「バカ映画監督」と
答える人が過半数を超える恐れすらあるのだ。
それを避けるためには彼らをもっと重い罪で逮捕・起訴すべきである。
そのためには一日でも早く彼らに影響され「あいつらよりもっと面白く」「あいつらよりもっと素晴らしい」作品や上映会をしてくれる被害者が増えることが望ましい。

さぁ、映画ごっこの好きな若人よ君らも被害者になって見ないか?
どんどん被害者を増やして彼らを重罪にしようではないか!
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テーマ : 自主制作    ジャンル : 映画

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どんぱちの小原です♪

Author:どんぱちの小原です♪
映像草野球トイウ冠ヲツケテ~どんぱちプロダクショント名乗ッテマース。ソシテぇ自分デ映画作ッタリィ、自分デ上映シタリィ、出演シタリィ、他ノ上映会二行ッタリ感想書イタリ悪口言ッタリ アリトアラユル方向カラ自主映画ヲ見テイマ~ス。
自主映画デサエアレバ傑作モ駄作モ大好ゥキデ~ス。

ダカラァ
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