自主映画まみれ!

自主映画(特に個人映画)という特殊で奇妙でへんてこりんでとてつもなく面白い世界の紹介や批評や悪口や日々のくだらないどうでもいいことを脈絡無くつづったブログ。ただいまブログだと怖いけど会ってみたら割といい人じゃん♪キャンペーン実施中(落とし所不明)

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迎え火

Category: 日常・雑記  
相模原のカミさんの実家で今日4回目の義父の迎え火を灯した。

義父は話しベタで酒が好きだけど弱くて
普段もちびちびと水割りを飲んでは娘達に説教にならない説教をしてすぐに寝込んでしまうそれなりにキャラクターの立ってる人だった。
カミさんと結婚でもしなければ絶対に俺とは話が会わない人だったろうタイプの人だけど
それがお互い分かっているせいか、俺が行くときは決まって早い時間から酒を飲み始め、テレビを見ながら無意味で無価値な会話を続けるか続けないうちに、すぐにその場で眠り込んでしまうと言うことの繰り返しだった。
そのせいでただでさえ少ない義父との会話時間の合計は何度会っても一向に増えることなく
火葬場の蓋が閉まってもリアル感を持つことは出来なかった。

その反面
それこそ義父と結婚してからともに暮らしていた義母や
物心ついたときから父親という絶対的権力者として君臨していた所を見ていたカミサンと義理の妹の二人の娘達にとっては良いところも悪いところもすべてを見通し、まさに多方向から立体的に人物を見ることのできたがためにそのリアル感は亡くなって4年経ってもまったく色褪せることなく彼女達の中に存在し続けていた。

なかなかオガラに火がつかないのをみてカミさんが
「早く点けなよ。お父さんもうそこで待ってるよ~。」

ムカエビ






あ。


っと思った。

でも、傷口を見てしまうと実際以上に痛みを感じることがあるように、
チクリと感じたものの正体を見極めてしまうとあまり良いことがないような気がして追いかけるのをやめた。
そのせいで俺の中で「あ!」というのは「あ」以上でも以下でもなく「あ」以外の何にも形をとることなく消えていった。
 
焙烙の皿の上のオガラは一時だけ背の高い炎になった。
なんとなく流れに乗れない俺を含む四人は燃え盛っている間 無口になった。

やがての皿の上に思った以上の量の燃え損ねを残し火は消えた。
「もうお父さん入ったかね?」
と義母が静かだけど楽しそうに言った。
「入ったよ。イライラして点いた瞬間に入ったよ。」

彼女らのように義父を形作るヨリシロを持たない俺は
「茂樹さん 流しに入れといて。」
と義母に言われた依頼を助け舟にしてそれ以上に広がりそうな会話から離れることができた。
焙烙に残った余熱がつい先ほどまで繰り広げられた事象の残響音のように感じた。

玄関に戻ると義母がニコニコして
「じゃ晩御飯食べに行こうか。」
と言った。

ヨリシロが消えたと同時にそれまでの関連性をバッサリとカットしてあっさりと現実に立ち戻る三人の巫女に俺はホッとして車に乗り込んだ。



帰ってきた義父の霊魂は少しだけ住処に身を置いたあと すぐに送り火に見送られ黄泉の国へ戻っていく。
きっと俺はその場にはいないだろう。
公式行事や冠婚葬祭が苦手なことも一番の理由としてあるがそれよりも
義父に関してヨリシロを持たない俺が巫女たちの神聖な行事に参加するのを憚った方が良いような気がいつもするからだ。

もちろんそこには幾分かの後ろめたさへの言い訳もあるが、それを口にしたところで誰一人良い気分になれるわけも無いので開きかけたカバンの蓋を慌てて閉め直すように他のことを考えることにした。



終わり。



京都五山送り火

※京都五山の送り火は考えればそうとう規模のデカイ送り火だ
 てっきり迎え火だと思ったよ。
でないとあんだけデカく見送られたら後ろ髪引かれまくられない?


  



死者を思うこうしたお盆行事の数々の儀式は言い換えれば死者を常世に縛り付ける行為でもあるわけで、それは「死」を直視しない行為と思っていたが

大切な人をなくしたことは認めるけど完全に納得したくは無い。
出来れば今でもまた会いたい。

そういう思いを公然と「ごっこ遊び」の中で体験する。
それが今日俺の前で繰り広げられた光景を支えていた意味ではないかと思った。

小さな女の子がママゴトで見えないパパと見えない子供たちに囲まれて幸せの擬似空間を作り出すような。
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Comments

No title 
父とわたしは お互いをよくしりません。
相性がよくない、といえばそれまでですが。
自分にとっての父という存在が本当にわかるのは、もしかしたら
父がいなくってからなのかもしれません。
わたしは、巫女になれるでしょうか。
ふぁりなさんへ 
真面目に読まれたのがこっ恥ずかしくなって慌てて誤字脱字をチョコチョコと修正しました。

女性は生まれながらに皆シャーマンだと思います。
なのでママゴトの経験があれば巫女の素質はあると思います。

とは言っても本当のところはその人その人によりすべて異なるのであなたが巫女になれるかどうかは分かりません。

しかし相性が良くなくても反りが合わなくてもその時がくれば巫女になってあげれば良いんだと思います。
あれは生きてる人の為・自分の為に行う儀式です
から。
幸い日本のお盆という風習に用意されるアイテムはどれもこれも情緒溢れてて このヨリシロの豊富さがあれば口寄せさえできるんではないかという気になります。
No title 
ありがとうございます。

儀式が残されたもののためにある。
同感です。
そのときがきたら、わたしはわたしができることをしようと
思います。
そして、できれば先にいかずにすむように。
ご愛読ありがとうございます。 
上手いく答えられたのかどうか不安でしたが、まぁ良かったということでしょうか。
[>そして、できれば先にいかずにすむように。
まぁ、気負わなくてもいいと思いますよ。
後でも先でもそれが起こった時にならないと分からないもんです。
あとになっても驚かない。
先になっても驚かない。
出た結果をどれだけ早く受け入れられるかしか安息や平穏は取り戻せないですから。

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プロフィール

どんぱちの小原です♪

Author:どんぱちの小原です♪
映像草野球トイウ冠ヲツケテ~どんぱちプロダクショント名乗ッテマース。ソシテぇ自分デ映画作ッタリィ、自分デ上映シタリィ、出演シタリィ、他ノ上映会二行ッタリ感想書イタリ悪口言ッタリ アリトアラユル方向カラ自主映画ヲ見テイマ~ス。
自主映画デサエアレバ傑作モ駄作モ大好ゥキデ~ス。

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