自主映画まみれ!

自主映画(特に個人映画)という特殊で奇妙でへんてこりんでとてつもなく面白い世界の紹介や批評や悪口や日々のくだらないどうでもいいことを脈絡無くつづったブログ。ただいまブログだと怖いけど会ってみたら割といい人じゃん♪キャンペーン実施中(落とし所不明)

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第21回 B-DASH 21

Category: 上映会・作品感想  
DATA
■日時  5/17(土) 17:30~
■入場料 800円 (1ドリンク付)
■場所  BABACHOP
http://babachop.net/theater/map.html
■上映作品
・頃安祐良監督「シュナイダー」(43分)
・木野吉晴「激烈!!赤子拳!!!!!」(4分)
・小林岳監督「産道 -サンロード-」(15分)
・中村幸一監督「生きる2 FROM MOTHER」(15分)
・代幸一郎監督「まり子ひとり」(20分)
・小野勝監督 「プロポーズ?」(27分)
・土田豪介監督「線香花火」(15分)


昨日まで書いていた伊勢田大博覧会と同じ日に梯子してこちらにも足を向ける。
大事な用事があったからだけど、それはもう少しの間秘密 うふ~♪

伊勢田博覧会の会場である新宿からは近いのだが、ヤクザに絡まれてしばらくお茶する羽目になり、ずっと脅され続けていたので遅れて到着。
前半分は見られなかった。それでも休憩前に着いたのだが途中から見ても訳分からんので、暗がりで一人タバコを吸いながら第二部が始まるのを待つ。中村幸一監督は知り合いだったのだが見れなかったのはお互いのために良かったかもw
なので上映作品中見れたのは3本だけ。
それにしても作品写真が無い人たちばかりというのは見た目上さびしいし、このブログの場合特に文字量が半端じゃないからきつい。
作った人には関係の無いこちらだけの事情ですが・・・・。

では個々の作品の感想。
 
代幸一郎監督「まり子ひとり」(20分)
上映前に作者の挨拶と言うのがあるが、びっくり。
監督が初老と言っても良いほどのかなりの御年配の方。
スタンスやポジションやレベルやベクトルがまったく読めない!
あの年齢と容貌の人をオリジナルドラマ(創作)映画の上映イベントで見るときは出演者か関係者か保護者以外では見たことが無いのでかなり混乱。
そのわりに業界ズレした横柄さがなく、むしろ市や区の文化教室のビデオクラブに所属しているような人という感じか?
マジで、これほどの高齢(失礼!)でドラマを撮る人は世の中にいくらかいらっしゃるが実物を見たのは初めて。
本当に自主映画って雑多だなぁ!

で、肝心の作品は上映前のトークで本人の解説によると「星新一のショートショートの一つを原作として映像化した。」とのこと。
その時点でこの監督の概要が少し分かった。良かった普通のアマチュアだ!

ストーリーは一人のヒロインをめぐってどちらがプロポーズするのかで対立する二人の男が勝負の条件として出したのが、どちらがより立派になれるかを競って一年後の再開を約束するものの・・・・。
というショートショート。
俺も中学生のころに星新一にはまって当時の文庫本は殆ど読み漁った記憶があるが、本作品はあいにく記憶にはない。しかし、短い上映時間の中で、妙にベタっとならず軽やかに対立するライバルのそれぞれの人生が激しく乱高下するさまや、おっとそう来たか?というスマートなオチなど安心して見れるけど・・・・・それって全部『星新一』にこそ向けられる言葉で、監督にではない。
であれば原作小説を読んだ方がずっと面白い。
この作品は「星新一を原作に選んだこと」がそのギャップをさらに広げてしまうことになっている。
星新一のショートショートの醍醐味は、ありえない設定やオチを際立たせたり、余計な想像をさせ無いようにするために、作中徹底的に情報を省略・記号化していることにある。登場人物の名前が全てエヌ氏だったりエス氏だっりして年齢国籍人種すら分からなくすることや、情景も風景も場面も最低限(むしろ記号的)のことしか触れないことで読むほうに余計な空想(あるいはツッコミ)が広がって感情を脱線させることを防いでいる。だから時に好都合だったり無理無理だったり実はそれほどでもないどんでん返しもスマートに格好よく決まるのだ。
それを生身の人間でやることで本来星新一が省こうとしたものが否が応でも入り込んでくる。「生々しく」なるのだ。
作品はなんとか星新一になろうと背景も特定できないように公園なのか河川敷なのかただの藪なのか不明なところを舞台にしていたりして気を使ってはいるものの、映像の中でそれは「どこか分からないところ」という記号にはならない。
「どこか郊外の○○市が作った緑地かな」とか「多摩川かな?それとも利根川かな?」と想像してしまい、それが「いまどきそんなところでデータするやついるかよw」とどんどん思考を本筋から外させてしまう。
アマチュア・素人がよく落ち込むテクニックに(まえにもB-DASHであった)作った人は無意味感を出そうとしても、映像の中ではリアルなのですべて何がしかの意味を見る人に与えてしまうというギャップに気づかない。というやつにこの作品もはまってしまっている。
さらに星新一で忠実にあろうとするために、最低限の出来事や台詞しか入れ込まなかったために最後まで「星新一のミスコピー」でしかなくなっている。

そもそも、小説なり漫画なりで形が出来上がっているものはそれがその時点での最良・最適のカタチとして完成されてるのでそれをそのまま映像化しようというのは「ミスコピーしか作れない」。

ましてや星新一でやるのなら、本来省いているものをどんどん自分で付け足していって話を膨らませるしかない。というより、そこに「作家」が入らんでどうする?
自分を完全に消して創る作品って、自主映画でもっとも価値ある部分なのに。

※逆に星新一の本来の姿に近づけるのならロケなんかせずに「ホリゾントだけのスタジオ」でやるとか舞台ステージだけでやるとかの方が近づけたかもしれない。
それでも映像・作家としてのアイデンティティが入ってこないと、うまくいった時は「星新一」の功績。うまくいかなかったら「監督のせい」という初めから勝ちの無い試合にしかならないけどね。

っていうか、
これだけ書いても内容は殆ど星新一のことばっかり!
それぐらい監督の姿が作品に表れていなかったということだろうなぁ。


小野勝監督 「プロポーズ?」(27分)
監督も作品も初見。まったく情報が無いのでどう望めばいいのか分からなくなる。
なのでちょこちょこと検索してだいたい分かるところで言うとアマチュアビデオサークルと言う感じ。
(ビデオサロンに投稿掲載されたらしいので、それと分かる。)
そのつもりで感想。
テーマも大それたものにせず、仰々しい人生論でもなく、ちょっと細かい隙間のようなところを付いているので地に足が付いてる説得力がある。そのせいでどう物語を作っていくかという方向性も明確になっているため、論理が混乱せずオーソドックスで楽に見れる。
が、大人しくまとまりすぎてドキッとする展開や演出もなく、また無理も無茶も無いので褒めるところも貶すところもないなぁ・・・。
口悪く言えば「特徴が無い」wwww。

この作品をクリスマスツリーを使って例えるとすると、
小さいけどちゃんとした本物のモミの木だ(テーマが明確)でも、
せっかくのクリスマスなのに飾りが一個か二個しか付いてない(演出・デフォルメ・デコレーション不足)。
そんな感じ。
念の為言うと「派手に大袈裟にすること」を言ってるのではないぞ。

とはいっても実際、素人が破綻無くフィクション(嘘八百w)をENDまで書けるということ自体なかなかのもんだけどね。だって同じアマチュアでも見た目派手で誇張されてゴテゴテの演出であっても中身の無い作品の方が圧倒的に多いから。

彼に足らないのはあとは「映画」にする理由だと思う。それは映画にだけ存在する数々のテクニックのこと。
脚本から抜け出し、映画特有の語り口(テクニック)を使って脚本を彩ることと言えば良いのか?
ホラーなら、より怖がってもらうための手法や演出があり(というか約束w)があり、アクションならアクションをより迫力出すための細かいカットバックという文法があるように。
一つのネタを小説でもなく漫画でもなく、写真でもなく、絵でもなくわざわざ映画にした理由は、映画の文法とテクニックで表現するからでしょう?
極端な例えだけど、映画なのに劇中人物が一切動かなかったり、登場人物が感情を全部喋ったりしてはダメでしょう?ということで。

その視点からいえば、劇中主人公達がタイムカプセルを埋めるところはあんな目印の無いところに埋めて三年後に同じ場所にちゃんとたどり着けるか?とかアベックの後ろでうろうろしているの意味不明の男は邪魔(あれはオチに絡む公園管理人のつもりだったのだろうか?)だ、とか、タイムカプセルの中に入れたものがゴミ扱いしてるくせにまた埋め戻す管理人の行動が矛盾している・・・・などなどは、先のことが理解できて消化できれば勝手に消えていくもんだと思うのでどーでもいい。
他の人からその辺突っ込まれても気にする必要なし。

ただ、気になった(というか一人ウケた)のは後半になるにつれ語り口がどんどん冗長になっていくこと。
エピローグを二つも三つも入れるなよ~。
心地よいエンディングと言うのは作る側にとってはそれが決まったときの快感は嬉しいものだが、そこを我慢して一番いい奴一個(一回)でパッと終わらせるのがスマートでよい。
言いたいことのある人は言い尽くさないと気がすまなくてダラダラと話を伸ばすことが多く(このブログもそう!)、よくそういうのを見るが、映像の中で見せきることができれば言わなくても伝わるんだけどね。
そこは思考を行動(演技とか台詞とか出来事)に変換できるかどうかが分かれ目。

土田豪介監督「線香花火」(15分)
『テレビ』ではなく『映画』としての基礎技術がちゃんとしている映像はこの日の昼間の上映会(伊勢田大博覧会)のようなものを見た後は心からほっとする(w)。
沖縄在住の監督だそうで、今のインフェスで入賞しているらしい。エンドロールに沖縄のなんとかかんとかという名の映画学校(塾?)の名前が出ていた。今沖縄ではダンススクールなどが活況で俳優・タレント・ミュージシャンというのが主要輸出品目となっているようだが、どうやらその流れの中の一作品らしい。
先の「プロポーズ?」とはモチーフやテーマが違うとはいえ、それほど深い物語でもなく意表をつく展開や驚愕するような事件は無いが、映画特有の語り口であることが誰にでも分かる素人と玄人の違いのひとつで、「見てるだけで良い」という安心できる空間になる。こちら(客)側から無理に頭を使って翻訳したり補完したり裏を読んだりするような苦労をせずに出来事が入ってくる。
オープニング最初の一コマで『正規の映画教育を受けてる人の絵』と分かるところが素人とプロの違いがいかに遠いか・・・・・・。俺もせめて1コマ目ぐらいは「映画っぽい絵」にしてみたいもんだ。

ストーリーは主人公の少年達の家の近所に在る空き家に幽霊が出るといううわさを聞いて行ってみると少女がいて花火がしたいと言い出して、二人だけで約束の日に線香花火をしてたら、少女は消えていた。
いわゆるまんべんない「こころ温まるよい話」型。

この辺のストレートさがいかにもなんとかアクターズスクールの子役の練習用に作られたような感じがするがどうだ?
褒めたがりの人が「素直で、純朴で、なんの飾り気も無いところが素直に楽しめる」とか言いたくなる類だろうな。
このストレートさは技術のうまい下手があったとしても類似した作品はいくらでもあるし、おそらく監督本人もそれぐらい知っていると思う。
そういうところも「役者用」と読んだ理由なんだけど、もし本当にそうならば、「練習用である以外の意味も目的もない。」作品だったってところか?その中で言えることって何も無いよなぁ。強いて役者のことで言えば、主人公の男の子は上手だったけど、肝心の女の子はあんまり上手くなかった(少なくとも自分が何の役を演じているかを正確にはつかんでいない)。ぐらい?
元々あんまり高度な芝居を要求されない脚本であるところを見ると、そんなに優れた役者でもなさそうだし、非常に初期の目的にかなっているとしか言いようがないなぁ。
同監督の別作品は例えインフェスとはいえ!そこに入るぐらいだから本来の自分企画の作品はもっと歪みとか個性はある人なんだろうと思うとことからも、この作品を赤の他人が金払って見る無意味さが分かる。
でも、俺って徹頭徹尾役者(特に子役)練習用と決めてかかっているが、もしそうならば「それを他の上映会で流す意味・目的」ってのは何か聞きたくなる。
アマチュアの中で半プロが自慢?wwww

唯一、意地の悪い演出(よい意味で)があって、主役の男の子とは別に二人の男の子がいるんだが、そのうちの一人がしばらく顔をフレームアウトさせられていたwwwww。
実は同じ手法が、昨年「人が椅子の中に入ってあへあへする話」でデビューした佐藤圭作(仮名)の過去作品で使われていたのを思い出したが、あちらはトリックに利用していて意味があったのに、こちらはすぐに顔を出してしまったことがもったいぶらせた分、結果的には唯の役者に対するおちょくりになってただけ。
この辺、工夫が無かっただけなのか、製作者サイドの中で何らかの人間関係上の問題(!?)が出てたのかは分からない。

そんなことより何より司会者!
自主映画が混沌としているせいであまりこの世界に接したことの無い人はには何がどうなってるか、何をどう言えば良いのか分からないのは当然だと思うが、その自分の仕事している(少なくとも司会を任されているいる)舞台に関して「自分が無知である。」ということを知らないで,舐めて司会している不真面目で頭の悪いところに無性に腹が立つ。

お笑い芸人として司会をするというのは宮田氏の苦肉の策(しかも映像というよりは芸人寄りのセーフティネット的意味合いもあると推測できる)だと思う。けどそれにしても、何を求められてるか?どうしたら良い司会をしたということになるのか?もっと面白くするにはどうしたらいいのか?
そういう課題とか目標とかな~~~~~んにもなしで『司会って、監督紹介して、タイトル言って、終わったらちょっと突っ込みいれて少し場が明るくなればいいんでしょう?』という(当たっているがw)その最低ラインのところにしか目標を置いてないのが丸出しなのと、その最低限ですらクリアしていない上に、それについてまったく自分で駄目出しもしていない。そもそもその最低ラインは素人さんが引くラインだ。

まず上映後にツッコミ方が「どうでした?」と何の工夫もアイデアもないフリを考えなしにボケ役に振っても、ボケ役もネタが浮かばないから「いや~。」と話が詰まって何も出てこない。『じゃ次の作品いきましょう!』の繰り返し。
その辺の道歩いているサラリーマンでも八百屋のおっさんでもコンビニのレジ打ちの兄ちゃんでもできるわい!
すぐに切れの良いツッコミやボケが出せないなら、なぜ前もって見ておいてネタ考えておかないの?

俺が初めて大阪のプラネット映画祭でトークショウの司会を頼まれたときに、出たがりだから受けたものの『どうすればいいのか、どうあればいいのか?』合格ラインの想定にかなり頭を悩ましたよ。
俺は猛烈に頭が悪いから、とっさの受け答えが壊滅というのは十分知っていたから司会という華々しいポジション(アマチュアの俺とすればのことだけど)に半分喜びながら、半分はヤバイ、ヤバイ、ヤバイという不安で溜まらんかったんだぞ。ましてや他人の企画したステージだ。

長年自主映画の世界にいたから情報や知り合いはたくさんあるしそのレベルも上から下までかなり幅広く知ってもいるし経験もしているという自負はある。少なくともこの日B-DASHで司会をした彼らより数百倍(自主映画の)ベテランであることは間違いないが、それでもトークショウはやったことないから「どうしよう?どうしよう?」と考えて考えて、事前に『何を聞けば自主映画の多様性とか面白さとかギャグとか突っ込みどころとか出てくるんだろう?』と思いついて、そういう答えが出てくれそうな質問事項を考えてトークショウの相手に前もって送って考えてもらおうというアイデアを思いついて、さらに話の糸口つかむため、突っ込むところを見つけるためにもと、3日間のプログラムの内の2日間(毎日6時間~8時間ぐらい上映している)を全部見て、パンフレットに写真貼って・・・・・・。

それでも上手くいかなかったんじゃ~~~~~~~!
※今読み返して悲しくなったぞ。

いったい君らの考えてる『上手くいった司会進行』ってどんな奴のことを想定してるねん?
パッと見て、パッと突っ込めて笑いが取れる力が君らにはあるのか?ちゅうか半分しか見てないけどスキルの低さに加えて対象への無知ときてるから誰がやっても同じ進行になっちまっている。
いや、なにも自主映画の専門家になれといってるわけではない、お笑い芸人としてならばむしろドンだけ上手に面白く突っ込めるかという視点に立てば、むしろ「自主映画専門家です顔」している(その代表:俺)人間なんかより縛られないし、間違ってても許されるんだから幅広いはずだ。でもそれならば余計同じ事。その場ですぐに思いつかないのは頭の中にまだ回路ができていないからで、だったらやはり事前に見ておくべきというかそれ以外無いでしょう?

技術はそう簡単に付くものではないし、誰でも始めは初心者だけど、本職目指していてなおかつ人よりスタートが遅くてという状況のヤバさに自覚がない。向き合う姿勢がない、目標を持たない、とにかく努力しようという姿勢がない!

いやもう腹立つ腹立つ。
なんかこの司会っぷり見てると俺が物凄い努力家に見えてしまうことがさらに腹が立つ!
俺がボロクソ書いたけど、この日かけられてる各監督の各作品に注がれたエネルギーや努力や金銭や手間隙や執着や愛情に比して司会の君らが勝っているものは何もなかった。
「自主映画という超マイナーな世界だから」というのは間違いだ。知らないジャンルの仕事を振られたときに対処する方法の構築すらしようとせずに『はい、ぱっぱで良い』と思ってる節があって気に入らない。
じゃ、今度はモーターショウの司会をやらされたらどうなるの?クラシック音楽の司会振られたらどうするの?エコキャンペーンは?選挙は?写真の展示会は?スポーツイベントは?
司会・MCなんて経験の無いやつには普通振られない、けどそれを敢えて振ってくれたその貴重な機会を無駄に垂れ流している危機感の無さは背徳だぞ。

くっそ=!自覚があっても上手くいかなかった自分にも腹が立つ!

この日、B-DASHで一番感情が動いたのはこのこと!
ああああ!

※ちゃんと駄目だししてあげない宮田氏も共犯だと思うが?
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テーマ : 自主制作    ジャンル : 映画

Comments

これでまた敵が増えたな 
と、いいつつ、俺も子供のころから自分で映像化してみたいなぁというのが俺にも一本ある、オーヘンリーの短編の中のひとつで
「どんな厳重な金庫も開けてしまうスゴ腕の金庫破りだったが主人公が銀行家の娘にほれて足を洗って結婚し、幸せな生活を送るも、ある日、銀行が取り付けた最新式の大型金庫に自分の娘が閉じ込められて誰も開けられなくなる。しかしそこで主人公は、彼を追ってきた刑事の前でやすやすとその金庫を空けてしまうというお話「よみがえった改心」は一度やってみたいなぁ。
主人公のキャラクターをすっげぇ~ハードボイルドに味付けて格好いい男を作ってみたいもんだ。


勝ち負けなんか捨てて。
No title 
>西瓜と羊羹(佐藤圭作)を思い出したが、あちらはトリックに利用していて意味があったのに

なんだかわからないが引き合いに出さないでほしい。

「僕ってプロだからこんなにそつなく進行させられますよ」的なアピールをすることが仕事だと思ってる司会者の時には、キチガイとかメクラとかの差別用語使ったりシモネタ言いまくったりそこにいないまったく関係ないヤツの悪口言ったり持ち時間を無視してしゃべりまくったりして大混乱させると面白いよ。
わ~~~、こっちから敵が出たぁ! 
>引き合いに出さないでほしい。
あ~すまん!
マジでプロになってる人の作品と単純に並べるのは確かに書き方が失礼だったかもしれん。
少し直すが主観的にはやはり両方思い浮かんだのは正直な感情なので削除は勘弁してくれ。

まぁ司会に関しては怒ってはいるが憎んではいないんで、許している。
黙ってるのが嫌なだけ。
No title 
いや、とりあえず小原さんが俺の名前を書いたら文句タレるのがお約束だからやっただけ。
直さなくていいのに。


やれやれ 
>文句タレるのがお約束だからやっただけ。


いつそんな約束した?
文中にリンク張る方法が分からんのよなぁ。なんかタグじゃなさそうな、良いような?

それさえ出来れば何書いても直リン張ってやるのによ!

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プロフィール

どんぱちの小原です♪

Author:どんぱちの小原です♪
映像草野球トイウ冠ヲツケテ~どんぱちプロダクショント名乗ッテマース。ソシテぇ自分デ映画作ッタリィ、自分デ上映シタリィ、出演シタリィ、他ノ上映会二行ッタリ感想書イタリ悪口言ッタリ アリトアラユル方向カラ自主映画ヲ見テイマ~ス。
自主映画デサエアレバ傑作モ駄作モ大好ゥキデ~ス。

ダカラァ
商業映画ハ嫌イデェス!

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