自主映画まみれ!

自主映画(特に個人映画)という特殊で奇妙でへんてこりんでとてつもなく面白い世界の紹介や批評や悪口や日々のくだらないどうでもいいことを脈絡無くつづったブログ。ただいまブログだと怖いけど会ってみたら割といい人じゃん♪キャンペーン実施中(落とし所不明)

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相棒 season8 (TBS)

Category: テレビ  
ほとんどテレビも映画も見ない俺だけど
まぁちょっとかる~く知ってる程度で向こうは俺のことをあまり知らないだろう人が
この番組の脚本を時々書いてるらしく、そんな時は劇中の誰も気が付かない端っこに俺の名前を無断で使われることがあるらしくて 監視の為にたまたま数回見てしまった。それ以来 キャラクターが立ってるミステリーという「ヒットの黄金率」にまんまと引っかかってたま~に見るようになってしまっているのが水谷豊主演の人気刑事ドラマ「相棒」(TBS)。


メインビジュアル


前回までの寺脇康文から及川光博に相棒を変えて新しいシリーズが開始された。
何度も言うようにフィクションのテレビや映画は見ない俺なのに、なぜかカミさんが予約録画してくれたのでさっき見た。

実はこの番組は前回までのシリーズでは 水谷豊の俳優としての凄さに比して寺脇康文の能力の貧相さに辟易してて印象は良くない。
切れすぎてドライすぎて警視庁の閑職に追いやられた水谷豊演じる杉下 右京に対して熱血漢で激情型でその分頭が弱くおっちょこちょいの亀山 薫というオーソドックスというよりありきたりすぎてトホホな対立型コンビをメインにしているもの、水谷豊がそこにお上品で気障でそれでいてキモカワイさを加えてどんどん色合いが複雑になっていき、ありがちなキャラクターからオリジナリティを持つ人物に作り上げていったのに対して、寺脇康文は一向にステレオタイプから脱しきれずキャラクター像を作り上げられないまま『古い舞台芝居』繰り返していた。
亀山ぁ!


そのためキャラクターモノのドラマ(はっきり言い切ってやる!アレはミステリーではなくキャラクタードラマだ!)なのにキャラクターがステレオタイプであることの欠点が脚本上での彼の遊び方、いじり方までもが類型的になっていってしまっていた。
全シリーズを見たというわけでもないし、むしろ見た本数はわずかだけど、中には何とか寺脇演じる亀山を立たせようとした回もあったがことごとく段取り芝居・ステレオ芝居に従事してしまい、寒いものに成り果てていいた。ステレオ芝居にはステレオセリフみたいな変なスパイラルにはまっていたように感じた。

旧・相棒


とはいえ映画化もされた作品にコンビのもう一人として入る難しさ。ましてや相手は怪物・水谷豊。しかも何年もかけて育ててきたキャラクターの完成度を考えると潰されるんじゃないか(悪意ではなく)?とすら思えただけに、誰が相方を勤めるかという興味もあって楽しみだった。
 
で、及川光博。
神戸

と発表された時点で
『ち、これなら上手くいくじゃん。』と分かってしまったので一気に見る気をなくしていた(なんとなく本当)。
ドラマの中で相棒(ペア)をモチーフにするときは「対比」が必須条件だから、水谷豊・杉下右京のキャラクターに次はどんな対比を持ってくるか?というのはキャスティングやドラマを作るうえでの重大な設定事項だけど、及川光博のようにある種のキャラクターを持っていながら同時に複雑な色合いを持ってる人だと作る方がキャラクターを膨らませやすい。事実この回も本筋以外のキャラクター達の遊びのシーンでも及川こと神戸 尊にホモっぽいセリフを言わせたり、建前や規律を優先して小うるさかったり(それでいて柔軟だったり)、組織の中での彼の役回りの複雑さをほのめかしたり、別れた前の妻と友達でいることの不思議さへの好奇心を披露したり、一見矛盾していたり、関連性が無かったりするようなエピソードがどれもこれも最初から彼のキャラクターであったかのように無理なく披露されている。
ポジションも分かりやすいようでいて実に複雑で反発しているようでしてなくて嫌っているようで嫌っていなくて無関心かといえばそうでもないし、今の段階では敵なのか見方なのかさえ分からない・・・というよりどっちに転ばしても違和感が無く及川ならやってくれるんじゃないかと。
まるでトランプのオールマイティカード(JOKER)のような振る舞いなのだ。

つまり今回の相棒の二人は 「出来上がった高度な完成品」「どんなカタチにも変化しうる未定形な物質」という対比を設定しているということだと思った。

劇中シーン


さて、今のところJOKERという最強の札を手にした制作サイドだけど、しばらくは及川の変幻自在なキャラクターに乗っかって様々ないじりや遊ばせ方を堪能できると思う。トリックがつまんなくても右京(水谷)と神戸(及川)は事件にあわせて多様な対立を描くことが出来て最終的には『面白かった』といわせるものになると思う。でも、不定形のままで済ますわけには行かず次第に何らかの形をとっていかなくてはならなくなるだろう。その時に右京を通してドラマやテーマを語ることができるのかどうか?
その時になってやっと制作サイドの実力が及川に依存しただけでないかどうかが分かる・・



んじゃないかなって言う気がしなくても無かったりするよう無しないような。

う~ん。
一度↑のようなことを脚本を書いてる人に聞いてみたいが
まぁ向こうは偉い大先生だし、こっちのことなんかもう知らないだろうから聞いても教えてくれないだろう♪
でも、あの大先生は なんで俺のことを知らないのに、ドラマのあちこちに俺の名前が出てくるのだろう?


P.S
ホモっぽいといえばこのシリーズのずっと前から準レギュラーでもある大河内春樹こと神保悟志をラストに持ってきたのには笑った。このシリーズを知ってる人はニヤリとしたかと思う。

湯けむりスナイパー

ずっと前のエピソードで大河内春樹はゲイという設定が披露されたことがあったからだ(偶然その回を俺は見ていた♪準レギュラーのしかもかなり偉い地位の人にそんなヨゴレ設定を加えるのかとびっくりしたので覚えている)。
最初からそのつもりではなかったに決まっているが長いシリーズで書き散らかした様々なエピソードを再利用できるのは長いシリーズをやってきたものの特権だなぁっと思った。


フレキシブルなJOKERという意味ではこのドラマでの 岸部一徳演じる小野田官房長。

岸辺一徳

バイプレイヤーとしてのフレキシビリティの高さは業界全体が彼の存在に感謝するべきだと。
まぁ、言われるまでも無くいいギャラもらってんだろうなぁ。
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テーマ : 相棒    ジャンル : テレビ・ラジオ

Comments

No title 
>水谷豊の俳優としての凄さ

……ふーん。

あくまで猫の感想ですが、
水谷豊とか石橋レンジとかミズキアリサ(字わからん)とか上野樹里とか松山ケンイチとかって、マンガのキャラみたいな芝居してるだけのくせに本人は芝居うまいと思ってやってるっぽくて、肉球がモゲ落ちるほどイタイです。
No title 
>マンガのキャラみたいな芝居してるだけのくせに
昔はボクもそう思っていた時期がありました。

でも毎週一回1時間の作品を作り続けなければいけないテレビという枠の中では演じることを突き詰めてる余裕が無い。でもそこで飯を食っていく為に印象を残していくためには?となった時にマンガとテレビは同じ手法を選択するんじゃないかと。
で、水谷豊かの実績はやはりデカイ。
子役のときから主役続けていてヒット作たくさんあってっていうのはポピュリズムとかコマーシャリズムとか言われても誰でも出来るわけではないと思うぞ。
特にマンガの場合作者の筆致が残ってしまいながらもそっれなりに違った人物の絵はかけても外面はまったく同じ生身の人間の場合、キャラ作りは大変だと思う中でずっと前線に居続けることが『化け物』でなくてなんだろうか?

P.S
一昔前に視聴率男と言われていた加山雄三なんかかくし芸なのか演技なのか分からない。
あと、時代が違うせいもあってイマイチ分からないのが石原裕次郎・・・・・・。
あとは>石橋レンジとかミズキアリサ(字わからん)とか上野樹里とか松山ケンイチ
は、見たことが無いので分からん。

ところで、あんたが思ういい役者って例えば誰よ?

俺以外で答えなさい。
ちなみに 
こんだけ水谷豊マンセー っぽく書いていながら俺は彼のファンでもなんでもないどころか普段はまったく興味が無い。
カミさんが元キャンディーズの伊藤蘭だというのも最近知った。

それがちょっとショックだった。
No title 
>ところで、あんたが思ういい役者って例えば誰よ?

ぼく、猫だからよくわからないけど、チャトランとかかな。
け 
>チャトランとかかな。
語尾を「にゃぁ」にしとけよ!
No title 
俺、ただの猫だからなんでも言えるけどさ、
日本人の役者の芝居で、「僕は今、悲しんでいます」とか「喜んでいます」とかを主張する芝居ばっかりやってる人は全員ダメ。

現実の日本人はさ、「今、悲しんでいる」ことを隠そうとするものだよ。
たとえ飛び上がりたいほど喜んでいても、他人を思いやってそれを表には出しはしない。
そのうえでこぼれ落ちちゃう何かで人の感情を伝えるのが「演じる」ってこと。

普段から人間を観察していない役者は、バカなアメリカ役者みたいに自己主張中心の「表現」をしたがる。それは頭が悪いから。

先に挙げたようなデフォルメ演技をしたがる人たちもさ、根っこのところで「ほんとの人間はこうだから、ここんとこをデフォルメしよう」みたいな観察眼と哲学さえ持っていれば、あんな醜悪な芝居はしないと思う。
そうかぁ? 
>飛び上がりたいほど喜んでいても、他人を思い
>やってそれを表には出しはしない。
>そのうえでこぼれ落ちちゃう何かで人の感情を
>伝えるのが「演じる」ってこと。


日本人は~っていうのは変だろう?
一本気で自己主張するキャラクターとストーリーならそれで良いし、複雑な陰影を込めて演じるキャラクターとストーリーならそれも良い。
一丁目の田中さんも、駅前のタバコ屋の爺さんも近所の小学校の校長も日本人だけど違うじゃん。

~でなければならないものなんか何も無いよ。
と最近思えるようになったよ。
ちなみに俺の感覚(基準)だとそれこそ前の相棒寺脇なんかは
>自己主張中心の「表現」をしたがる。
>それは頭が悪いから。

だった。

で、俺が言う水谷豊はそこを指してるんじゃなくて、違う役をする時に違うキャラクターを作ることが上手い(というかなぜか得意らしい)。
何をやっても西田敏之・何をやっても高倉健とかと比べるとやはり変えてきているなぁ~と、それも次から次へと。
そういうアプローチはまさに消費一辺倒のテレビには一番適しているんじゃないか?そこにマンガ的要素が入るのはありがちだけど、俺的には『楽しいからアリ」だな。
熱中先生とか、傷だらけの天使なんかの印象は強烈に残っている。モノマネしたくなるぐらいの魅力だったよ(モノマネは死にたくなるほど下手なのでやらなかったけど)
まぁ単純に誰でもできるかというと、無理でしょう?ということなんだが。

君の言うことも分かるが






高尚過ぎて息苦しいわい。
No title 
とかいいつつ
来週見るのかと?問われればきっと見ないでしょう。
今頃すみません。。。 
ブログにコメントありがとうございました。

今頃になって気がつきました☆

わたしが腐女子なのがバレバレですね。
いえ、隠してないですが(笑)

皆さんいろいろご意見があると思いますが、
わたしは毎週楽しみです。

それにしても、脚本書ける方はうらやましい!あの二人を好きに動かせるんですもの‼
ふぁりなさんへ 
書き込みありがとうございました。

>皆さんいろいろご意見があると思いますが、
映像作品は複雑な立体物なのでどこから見ても結局は一面でしかなくて、だからこそ色々な見方があるんだから、ふぁりなさんはふぁりなさんの見方でもっと作品を語って戦って欲しいです!
何のメリットもありませんが・・・・・。

>脚本書ける方はうらやましい!
>あの二人を好きに動かせるんですもの‼

書けたからって動かせるわけあらへんし、どこまでも自由自在に書いてエエ訳でもあらへん。
羨ましがられる要素はゼロです。

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どんぱちの小原です♪

Author:どんぱちの小原です♪
映像草野球トイウ冠ヲツケテ~どんぱちプロダクショント名乗ッテマース。ソシテぇ自分デ映画作ッタリィ、自分デ上映シタリィ、出演シタリィ、他ノ上映会二行ッタリ感想書イタリ悪口言ッタリ アリトアラユル方向カラ自主映画ヲ見テイマ~ス。
自主映画デサエアレバ傑作モ駄作モ大好ゥキデ~ス。

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