自主映画まみれ!

自主映画(特に個人映画)という特殊で奇妙でへんてこりんでとてつもなく面白い世界の紹介や批評や悪口や日々のくだらないどうでもいいことを脈絡無くつづったブログ。ただいまブログだと怖いけど会ってみたら割といい人じゃん♪キャンペーン実施中(落とし所不明)

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行って来ました。予告どおり明治大学の学園祭に。(後編)

Category: 上映会・作品感想  
明治大学 駿河台映画制作部上映会の感想 の後編




去年の写真
これも去年の写真だけどそう違ってるわけでもない


伊勢田博覧会以来だなぁ、この文字量は。




では後半。
 
●いっせいと、まいこと、かえると。(10分) 近藤由子
全然ダメダメなんだけど(笑)。
「天然モノには勝てないなぁ」と思わされる作品。
ストーリーは
ペットの蛙に話しかける毎日を送っていた主人公はある日、意中の女の子に告白することを宣言。見事に告白に成功するや、相手の女の子もあっさりOK(ここの表現が「ドン引き」するくらい臭い!!!)。
二人のけっこうな時間が過ぎ、ついに彼は彼女を自分の家に招待する。
と、ここで部屋に買われているカエル登場。当然彼女ドン引き。
「カエルが愛せないなんてそんな女だとは思わなかった!」
とか言う強引で無茶苦茶なセリフ(うろ覚え)が観客鷲づかみ!
しかも、次のシーンで「やっぱり好きだから私もカエルを好きになる!」みたいな(うろ覚え)ちゃぶ台返しの一言でハッピーエンド。
俺の心の中でえええええええええええええええええええええ!という悲鳴。
素人は怖いと思わされる一瞬に感激。
いまだに納得と言うか理解できないのがラストシーン。彼女を見つめる彼の視線では彼女がカエルに見えるという表現が拙い(というより杜撰な)合成で描かれているが、アレはどういう意味なんだろうか?
カエルのような彼女が好き?人間よりカエルが好き?
大事なシーンだけに気になる。
・・・・・・エンディングに「世にも奇妙な物語」のメインテーマを使っているところに何がしかの作為を感じないわけでも無いが、さっぱり分けが分からない(というか作用していない)。


●あたらしいあいうえお (5分) 梅沢廉



ゆうつべにあるからストーリーというか内容紹介は省く。
「映画」=「ストーリー」を脱して表現しよう。というのが企画意図として語られているようだ。
たしかにどうしてもヒーローが居てヒロインが居て起承転結があってという普通の良くある映画のことだけを映画だと捉えてしまうと「映像の多様さの否定」となってしまう。映画研究部という最も映像に近い場所に居るのに映像の多様性が見えなくなってしまう。
またたくさんのスタッフやキャストに指示命令を出したりまとめて行ったり、あるいは30分や40分もの話しを作れない人に出来ること・作れるものとは何か?と考えた時にここの部分に気を配っておくことは大学のサークルと言う場においては大切なことだ。
でも本当は「ドラマ」よりも「ドラマ以外のも」に接している方が多い。
CM・プロモ・ニュース・バラエティなどなど。
だから「ドラマ」以外の映像を作ることに彼らのブログに書いてるような大上段な断り書きは実は必要ないかそれほど力を込めて語るほどのものではない。見る側からすれば「面白かったらなんでも良し!」。なのでドラマでないものの受け入れ態勢は十分に出来ている。
むしろ作者の方が「ドラマに囚われ過ぎて」いるんじゃないか?とすら思う。
監督の作品コメントは誰に向けて語られてるのか?が気になるね。
そんなこんなの講釈はさておいて単独で作品としてみた場合、まぁ・・・・それほどのものではない・・・・。
縛りがきつすぎてバリエーションが生まれそうに無いことが一つ(皆さんもどうぞって言われても・・・・w)。アイデアは1音節か2音節がほとんどでやってもせいぜい3音節では驚きも無い。またびっくりするようなものが隠されているかと期待しちゃったよ。
さすがに茶碗のことを笥子(けこ) とか 布を「にぬ」と読むなんてのは驚きと強引が紙一重(俺が見た時はこの辺場内けっこうウケていた。こういう知識遊びが好きな人には確かに面白いかも)。
合間の中休みの映像にNG映像をまんま利用することが彼らの(アンチドラマ派としての)レジスタンスの表れか?とも思うが、まぁ、俺にとってはその手法は新しくは無い。とは言いながらその手法の成功例なんか見たこと無いはずなのにそれを使おうという発想はどうして生まれるのかね?そこは感心する。

●無3(無の3乗)(5分)田中智寛 
上映前のMCの説明で
「音無し、オチ無し、意味無し なので無の3乗というタイトルです。」と紹介があったとおりのもの。
一本ぐらい混じっていてもいいけど感想は変わらない。
そんなものを見させられる側に対してはそれどうなの?
三無いでも良いけど、映像が含む意味は項目的に挙げればもっとたくさんのものがある。
だからそのうちの3つぐらい無くなったところで感動作品を生み出す障害なんかになりっこない。
むしろ大喜利的なお題として与えられたって良いぐらいだ。

この作品の本当の姿は「意図が無い」であり、その結果が必然的に「全部無い」になった。
どうりで俺にしては珍しく何も覚えて無いわけだ。

しかし、不思議なのは一般の大学だろうが専門学校だろうが必ず一本はこういうのが混ざるのはなぜだ????(本当の話)

●Speak Easy(30分) 菅原暁 千葉小百合
自分のことを「ボク」と呼ぶ逃亡者を追う女ハンターの主人公と、本来はハンター達のターゲットでありながらなぜかその女に匿われている男。
ハンターに与えられていた月ごとのターゲット捕獲ノルマにあとわずかとなった主人公にとって匿っている男はノルマを達成するための保存品なのか?

というちょっとSFタッチの作品。

画面は他の作品より一歩も二歩も先を行っていて特にファーストシーンとその次のカットが「普通の映画のような画面」になっていてびっくり。
素人なのに・・・・・・。
「高度なテクニックをどんな人でも簡単に」というのが機械(マシン)が根本的に持つポリシーなのだが、こうも綺麗に自分のものにしていることに嫉妬とともに、俺ももっと頑張っていれば「自分にも出来たはずなのに・・。」という後悔も湧き上がる。
まぁ映像に関する限り、おそらく進化のかなり早い段階で俺は他の人とは枝分かれしたように思える。
余談だけど 自主映画やってる奴は上手いとか下手とかの差はセントバーナードとチワワぐらい違ってはいても同じ犬じゃん。どうも俺はすでに「ネコ」ってぐらい違うんじゃないか?って気がしてきたよ。掌裏返るんだぜ♪

本題に戻る。
鑑賞の結果としては「アマチュアのクセに~~~!」という嫉妬交じりの技術に対する驚きはあるもののそれ以外は何も無い。
舞台背景がSF的な設定であるにも拘らず、細部の表現や説明は省かれている。本当ならその分登場人物の描写が表現の命題となってくるが画面は綺麗だし演技も問題ないしキャラクターも立ってはいるが最終的にはそれだけの作品となってしまった。映像アートは機器機材が大きな割合で介在するため、楽器の演奏や彫刻や絵画などと比べると誰でも手が出せるし割と高いレベルにまで熟練することも可能な分野であることが魅力であるが、その反面技術が他を置いてけぼりにしてしまいなおかつ、高すぎる技術が他の甘さを覆い隠してしまうことが往々にしてある(特にアマチュアはね)。本作品は情緒に流れすぎたが為に細かいSF的設定を省くことでテーマを明確にしたつもりが登場人物を描くための細かい設定まで省いてしまったため彼らだけの彼らだからこその固有のドラマを生み出せなかった。
作品の企画意図が一人の監督のイメージをもう一人が脚本で形作って行ったということだそうだが、最初のキッカケが「男として生きていた女が、女に帰る時」ということだったそうだ。
彼自身が例に挙げていたのは「ベルサイユの薔薇(池田理代子)」だったが俺が頭に浮かべた「リボンの騎士(手塚治虫)」もそう間違いでは無いだろう。生まれた年が違うだけだ!
ここで俺が正論をかいたところでつまらないし、そんなもの押し付けるつもりは毛頭無いが、言いたいことを分かって貰う為に例をあげれば、女なのに男で要る理由がまず設定されて欲しい(同時に何が何でも男でないといけないと言う縛りも)。で、それを突き動かす事件(今回だと「匿われている男の登場・存在」)が起こる。そこで主人公は女に戻るべきか男のままに居続けるか葛藤する。わけだ。
作品は冒頭からいきなり女になっているもんだから単なる甘色満載のイメージビデオになってしまっていた。
上手な脚本の作り方とかを勉強しろと言うのはプロを目指すわけでも無い普通の人である彼らの場合全然的外れな指摘になるだろうけど、もし彼らにも通じるものを与えようと思えば「人生には必ず葛藤がつき物だけど大事なのはその葛藤がなぜ起こったのか冷静に且つ詳細に分析することが解決の為に絶対に必要なこと」だということだろうか?
結局ドラマ作りの本質とは人生の教訓を虚構でシュミレーションしただけに過ぎないと言ってもハズレじゃないからね。

蛇足だけど、二人監督のせいか明らかにレベルの異なるカメラワークが一本に混在しているのが面白かった。



鑑賞作品は以上。


さらに続くとなったら驚く?
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テーマ : 自主制作    ジャンル : 映画

Comments

No title 
選択肢はどれを選んでもかまわないのだろうけど、俺なんかは(実際に手間かけるかどうかは別として)上映会では作品のことをどう上手くお客さんに伝えられるか?の方に力を入れたくなるタイプなので、アウトマンや映像温泉芸社のようにパンフレット重視することはあっても、足元懐中電灯なんかは「(そうしたからって作品が良くなるわけでもなく)ど~でもいい」って考えちゃう。し、実際足元照らされたからと言ってありがたくもなんとも思わない。っていうか『頼むから俺にかまわないでくれ!』とか思う方。
そういう発想できる人ってのは実社会何かと便利だろうなとうらやましいよ。
そうそう、書き忘れてたけど 
何が足りないって
作品写真が一枚もネット上にアップされていないからこのブログも文字ばっかりで 息苦しい息苦しいw

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プロフィール

どんぱちの小原です♪

Author:どんぱちの小原です♪
映像草野球トイウ冠ヲツケテ~どんぱちプロダクショント名乗ッテマース。ソシテぇ自分デ映画作ッタリィ、自分デ上映シタリィ、出演シタリィ、他ノ上映会二行ッタリ感想書イタリ悪口言ッタリ アリトアラユル方向カラ自主映画ヲ見テイマ~ス。
自主映画デサエアレバ傑作モ駄作モ大好ゥキデ~ス。

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