自主映画まみれ!

自主映画(特に個人映画)という特殊で奇妙でへんてこりんでとてつもなく面白い世界の紹介や批評や悪口や日々のくだらないどうでもいいことを脈絡無くつづったブログ。ただいまブログだと怖いけど会ってみたら割といい人じゃん♪キャンペーン実施中(落とし所不明)

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唐招提寺訪問記

Category: 日常・雑記  
奈良遷都1300年祭に便乗してその辺のネタで賑やかそうシリーズ第二段。

平城宮跡はだだっ広い草原にわずかばかりの再建物を建てただけで、残りの空間を見る側の想像力に頼らざるを得ないところは まるで圧倒的にオカズの少ない日の丸弁当を空想のオカズだけで食べるような苦行を強いられるが、奈良というところは狭い地域に名称古刹が固まっているため遠いところからせっかく来たから元を取ろうという心理が働いてどこもかしこもドエライ人出になっている。
唐招提寺と薬師寺は平城宮への最寄り駅近鉄西大寺駅からわずか一駅という近さと、隣同士に建っているので限られた時間で回るには都合が良く、当然俺が行ったときも(修学旅行の団体をのぞけば)見たことの無い人出だった。

で、今日紹介するのはそのうちの一方である唐招提寺。

唐招提寺金堂
創建当初は中門もあったそうだが今のように無い方が格好いいと思う

昨年平成の大修理が無事に終わり(もちろん1300年祭に合わせたw)、入り口の南大門から見るこの寺最高の景観である沿道の両側から伸びる木の間の切れ目からのぞく金堂の凛とした風景も復活した。このGWに久しぶりに行ったがたくさん人がいたにもかかわらず静寂感を演出できる入り口からの構図がとても格好良いッたらありゃしない!学生時代はよく学校サボってぷらぷらと奈良や京都を一日中歩いたことが何回もあったが、ここはいつも散歩コースの途中として中に入らずにこの入り口の南大門からの光景だけを見て帰った。
広大なグランドのような広い屋根と奥行き手前一間分の壁無し柱だけの吹き抜け空間が軒深さを強調して俺的には現存する伽藍金堂で一番好きなデザインだ。

ところが中には今まで入ったことが無かった。昔から建造物には興味も歓心もあったけどより宗教嫌いなこともあって拝まなければいけなくなるような気にさせる「仏像」はどうも好きになれなかったからだ。
今回はカミさんの希望もあったし昨年秋に放映された唐招提寺大修理のテレビを見ていたことと永井路子の氷輪を読んだこともあって初めて中に入った。
 
で思った以上に感動したのは金堂の本尊「乾漆廬舎那仏坐像」と脇の「木心乾漆千手観音立像」

仏にしろ観音にしろ菩薩にしろ知識としては誰もが共通して持っていたにせよ、実は古今東西実際にその姿・格好を見たものは誰もいない。
今と違って映像も写真も印刷も出来ない時代に文字と言葉だけで神秘や奇跡やあの世や仏のことを言ってもそれを思い描くことは難しい。また思考思念だけの修業は気が散りやすい。そこで古来人は「仏様ってこんなんやで~」「観音様ってこんなんやで~」という必要があって具現化したのが仏像だ。インド仏教ではそりゃもうショッカーの改造人間並みに数多の種類の仏さん一派が描かれているがたくさんいればこそ説明の為に具現化が必要だったと思われる。
で、唐招提寺の建てられた時代というのは日本では古代に当たるぐらい古いことだけど、そのころの日本人にとっては仏教は日本に来たばっかりの外来宗教であったため仏教世界で現れる登場人物や出来事キャラクター紹介についての説明がすべて一からしなければいけなくなる。

現代のメディアによる知識や情報に溢れた時代ではなく、娯楽も文化もまるで無かった野生の王国のような世界で
「廬舎那仏様はな、お姿を現すときは千人の仏様を連れて現れるのじゃ。」
とか
「千手観音様はな、手が千本もあってな、その手であらゆる災難から人を救おうとしているんだぞ」
とかいってもあまりに派手すぎてイマイチピンとこなかったろう。
そういうバカみたいに莫大で広大なお話のない島国にそのことを伝える為に・・・・・。

何が言いたいかというと
唐招提寺の金堂に収められた廬舎那仏と千手観音の二像は本当にお話のとおりをそのまんま形にしてあったのだ!

廬舎那仏ミニチュアの仏様を1000個光背に貼り付けてあり、

唐招提寺廬舎那仏坐像


千手観音は本当に千本腕を付けている。

唐招提寺千手観音m 唐招提寺千手観音拡大図


その分かりやすさにもうびっくり!
これを見ると「ああ、あの坊さんの言ってたことってこういうことかぁ!」と誰もが凄く納得できる作りだと思う。いやむしろ納得させるためだったろうと思われる。
一緒に安置されている薬師如来と共にこの三体がすべて建物ごと国宝指定されているが、この廬舎那仏と千手観音には美を捨ててでも「分かってもらおうという真っ直ぐすぎる熱意」というか必死さを感じた。
勝手な想像だが「私立の寺として成立したための国の援助が受けられない」ことから来たと思われるアピールに主眼を置いたデザインに一日中含み笑いをしてしまっていた。
この話をカミさんとか弟とかオカンに言いたかったんだけど、かなりうっとおしがられるのでこうして一人で喋る。

★補足:平安期以降の千手観音は「25の世界を救う腕が40本あるから25×40=1000」という解釈をしていて大体42本(合唱する2組を加える)でデザインされている。俺はてっきりそういうもんだと思いこんでいたから感動。調べてみたら奈良期前後の現存する千手観音はやはり本当に1000本つけているそうだ。
一つの身体に腕千本着けたらドンだけ不格好になるか?と、考えたら凄く難しいことだと思う。そう思うと唐招提寺の千手観音は無理やり腕くっつけた感がありすぎて「イマイチ」。後で知ったけど大阪藤井寺市にある葛井寺本尊像の千手観音は見事に腕を整理しててバランスを壊さずに千本腕くっつけている。これもマイナーだけど国宝だって。


大阪葛井寺:乾漆千手観音坐像


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テーマ : 歴史・文化にふれる旅    ジャンル : 旅行

Comments

ああ、大事なことを忘れてた 
唐招提寺の金堂奥にある講堂(国宝)は実は唯一現存する平城宮建築物。
およそ1200年前に平城京から長岡京・平安京への遷都の際に取り壊すはずの東朝集堂の部材をもらって移築したんだそうだ。鎌倉時代の大修理でデザインは随分変えられたらしいが、ああいう建物が平城宮のいたるところにびっしりと建っていたと思えば少しは大極殿前の風景を補うオカズの足しになるかも?

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どんぱちの小原です♪

Author:どんぱちの小原です♪
映像草野球トイウ冠ヲツケテ~どんぱちプロダクショント名乗ッテマース。ソシテぇ自分デ映画作ッタリィ、自分デ上映シタリィ、出演シタリィ、他ノ上映会二行ッタリ感想書イタリ悪口言ッタリ アリトアラユル方向カラ自主映画ヲ見テイマ~ス。
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