自主映画まみれ!

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読書感想文 夕凪の町・桜の国 (こうの史代)

Category: 読書感想文  
約5年前。第9回(2005年)手塚治虫文化賞新生賞の発表の新聞記事を読むまでこの作品のことも作家のことも知らなかった。
記事の中には簡単な紹介と寸評があったが手がかりが無いので言葉がまったく入って来るわけも無く、あまりにも縁がなさ過ぎてたのと、わずか単行本一冊しか出ていなかったにも拘らず対象を取った浦沢直樹『PLUTO(プルートウ)』 に目を奪われたこともあり、たぶん今までの流れなら読むことは無かったと思う。

         夕凪の街 桜の国.jpg


それがどういうわけかカミさんの友人がその本をたまたま読んで感激したらしくカミさんに紹介してまんまと釣られたカミさんが買ってきたので実にタイムリーに読んだ。
で、主観的で申し訳ないが「平和でありたい。幸せでありたい。つまんなくても平凡でも又明日が来れば良い」という本能的な感情を ゆっくりと押しつぶしていく不快感に囚われそれっきり本の肥やしの中に埋もれさせていた。
で、先日本屋で同じ作者のまったく別の本を見つけて肥やしのことを思い出し再度引っ張り出して読んでみた。
やっぱり泣きたくなるようなイヤな気持ちになった。

舞台は終戦10年後の1955年の広島。
タイトルになっている夕凪の町は当時在ったらしい原爆スラムの名称。
主人公の平野皆実は原爆の被災の中を何とか逃げ延び、今は家をなくした被災者達が集まった手つくりのバラック村のようなところに母親と二人で暮らしている。
しかし若くも活気も朗らかさも持っている彼女には心の底にべったりと重いしこりがあった。


【以下 思いっきりネタバレ アリアリ】
 
コマ1
●いわゆる当時の被災者向け仮設住宅  ただし政府はズタボロだったので全部自作。


10年前の8月6日。生き残る為に死体を踏んで歩いた。死体から靴を盗んだ。川に溢れる死体に石を投げた。多くの被災者の助けを求める声を振り切って生き延びてしまった。という今の時代ならどれか一個体験しただけでも生涯のトラウマになりそうなことをフルコースで体験してしまったことによる深い傷と負い目を持っている。そのため終戦後10年経っても「幸せになってはいけない」という枷にとらわれ同じ設計事務所に勤める打越 豊という青年の想いを拒んでしまうようになっていた。
しかし傷跡は深いながらも町は少しづつ復興している。歌謡曲は次々とヒット曲を出し、プロ野球も活況で主人公やその周りの人たちも明らかに豊かな未来に向かって確実に歩いていた。
そうしてみんながみんなホッとしはじめた頃に平野皆実は押さえ切れない自分の心を打越 豊に打ち明ける。
でもそんな負い目は彼にはお見通しだった。なぜなら彼も同じ広島の空の下で10年前に同じ経験をしていたからだ。
あっけらかんとした結末に、体が脱力して微笑みながら机に頬をつける。
「ハアー、なんか体の力が抜けてしもうた。」
それが放射線障害の発症の合図だった。

そこからこの作品は主人公の急速な病状の進行をわずか3ページにだけ描くと
「皆実」が無に帰するところで終わる。




「ひどいなぁ、てっきりわたしは死なずにすんだ人かと思っていたのに。」










核兵器はやっぱりエグ過ぎる兵器だった。

相手を無条件降伏させたあともまだ人を殺し続けるのだ。

この作品はさらに彼ら彼女らの次の世代を描く「桜の国」へと続いていくが、そこでは被爆者であることへの差別や負い目、そして発病するかもしれないというと恐怖をおんぶして生きていく。
「夕凪の町」の主人公も「桜の国」の主人公も感情豊かで朗らかで子供っぽいところもあり、扱い難いところもある非常に魅力的なキャラクターになっている。
絵的にもすこし古臭いか、やや子供向けに描かれたようなタッチで灰汁のない誰からも嫌われないデザインのため、まったく不幸なんか入り込む余地が無いような雰囲気の世界にサクッと悪意が入り込むことの恐怖が描かれている。それが核兵器に付随する真の悪意の輪郭だった。


コマ2



現在世界中で残酷な兵器(←笑うよな?)として地雷やクラスター爆弾の禁止・廃止が国際的にも強く主張されているが、これらの武器がタブー視される主な要因が戦争が終わっても作動し、殺傷相手を選ばないことからきていることの残虐性からきているが、だったら核兵器も断然このジャンルに本来入るべきだ。と思った。

と、同時にどうしてこれまでそれなりに被爆作品を読んだり見たりしてるのにこの恐怖といやらしさが心に残っていなかったのか不思議に思った。
描かれていなかったのではない。実際、原爆投下後のことを描いた作品はあったし、よく思い出してみれば投下後の光景や何年も続く放射線障害のことも読んだし見てもいたのだ。ただそれが記憶に残らなかったのは、閃光・キノコ雲・火炎といったあまりにもビジュアリックなモチーフのインパクトの強さが鑑賞側の目や心を釘付けにしてしまい、そのあとの地味な目に見えない(絵にかけない・文字に置きかえれないし音も無い)放射線障害への注意度を下げさせてしまったのだ。
受け手側だけの問題ではなかったかもしれない。原爆・核兵器の恐怖を体験していない人に語ろうとする時にどうしても分かってもらおうとする気持ちが「キノコ雲や閃光やむごたらしい死体」を語ることに力が入ってしまった面もあると思う。
それも大事なことではあるが、そのために原爆(核兵器)のイメージが「単なるデカイ火薬の爆発」となっちゃっているのが日本の核装備・武装論だったり、アメリカの核使用正当論になっているんではないかと2回目に読んで思った。
もしこの作品を普通の気持ちで読んだら アメリカ人だって絶対引くと思うけどなぁ・・・・。

「ああ、助かった。」と思った後でもさらにその人を殺す。
戦争が終わり降伏した後も殺す。
回りの家族や友人や知人を殺したあと、その悲しみを乗り越えた人をあとで殺す。

核兵器の本当の姿は大量殺戮兵器ではなく「無差別無期限殺戮兵器」だった。


マンガというビジュアルメディアにも拘らず、また広島の原爆の物語であるにも拘らず、この作品はその辺の描写は片鱗をわずかに見せるだけでほとんど現さない。
そのことでやっと単にデカイ爆弾のフリをしていた核兵器の化けの皮をはぐことが出来たのではないか?

つい最近も俺は核兵器のことを「単なる(爆発力の)大きな爆弾」というイメージで書き散らした。
でも、この本でやっとこの兵器の「反吐が出るような悪質さと陰湿さとキチガイっぷり」が分かったような気がする。

この兵器は相手がいかなるものであっても
ドン引きするほどやり過ぎる兵器だ。
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テーマ : 漫画の感想    ジャンル : アニメ・コミック

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どんぱちの小原です♪

Author:どんぱちの小原です♪
映像草野球トイウ冠ヲツケテ~どんぱちプロダクショント名乗ッテマース。ソシテぇ自分デ映画作ッタリィ、自分デ上映シタリィ、出演シタリィ、他ノ上映会二行ッタリ感想書イタリ悪口言ッタリ アリトアラユル方向カラ自主映画ヲ見テイマ~ス。
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