自主映画まみれ!

自主映画(特に個人映画)という特殊で奇妙でへんてこりんでとてつもなく面白い世界の紹介や批評や悪口や日々のくだらないどうでもいいことを脈絡無くつづったブログ。ただいまブログだと怖いけど会ってみたら割といい人じゃん♪キャンペーン実施中(落とし所不明)

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夏休みの 読書感想文 風の又三郎 宮沢賢治

Category: 読書感想文  
【先生へ】
今年もイヤなどく書感そう文を書かされる季節がやってきました。
今年は何を読もうかまよってましたが、おかあさんに聞いたら
「どう話みたいなのはいいんじゃないの?」
と言われました。
「むかし話みたいなのはだめなんだって。」
といったら
「でも みや沢けんじ ならいいんじゃないの?ゆう名だし。」
といったので
風の又三郎にしました。ほんとうは銀河鉄道の夜にしようかと思ったのですが、キカイの体を手に入れて宇宙に行く話しではないと聞いてやめました。

表紙


で、感想です。
何かよく分かりませんでした。
初めは外国のことばだと思って読むのを飛ばそうとしたら、
東北のナマリだと聞いてびっくりしました。東北って宇宙だったんですね。
でもナニと言ってるか全然分からなくてお母さんに聞いたのですけどおかぁさんも所々分からなかったらしく、すぐに自分のむかしのせん門学校時代の東北の友達のことを話し始め、「あの子もほとんどナニ言ってるか分からなかったわ~」て言ってキッチンに行ってしまいました。そうやってごまかす大人はたくさんいることにびっくりです。

で、アチコチ言葉が分からなかったんですがけっきょく何の話かよく分からなかったです。
山堀りのお父さんに連れられて転校してきた三郎がいなかの子供たちと仲良くなったと思ったらまた転校していなくなるというお話でした。
せっかく仲よくなったのになんで三郎は「転校したくない」といわなかったのですか?
みんなも三郎を見送りに言ったり手紙を書いたりさよならを言ったりしませんでした。
分きょう場のみんなも三郎のことをあまり好きじゃなかったのかなぁ?と思いました。
好きでもない同士の仲のよい話?

なんかすっきりとしない話でした。

なので提出がおそくなりました。
忘れていたわけじゃなりません。
一たん書いたんですが近所の赤ん坊が遊びに来たときに原こう用紙をびりびりにやぶいてしまったからです。
本当です。絶対です。
命かけます。
 
【生徒君へ】
実は先生が子供のころ、なぜか分かりませんが家のスチールラック本棚にこの本がありました。
教科書や参考書でよく見かけた有名なこの本がなぜ先生の本棚にあったかまったく不明ですが、この本棚自体がもともと父親が使っていたものなのでまぁ間違いなくオヤジのものだと思います。
しかし本といえばマンガしか読まなかった先生には殺人事件も拳銃も巨大生物もかわいい女の子のパンチラもない文字だらけの本を読むことはありえ無く、さらに背表紙が黒染んでタイトルが読めなくなっている汚らしい古臭さ手に取ることを避けさせていました。
まさかこの年で再び見えるとは思ってもいませんでした。
深窓の美女のことなんて、知ってはいたけど興味を待たなかったので忘れていたら何十年ぶりにばったり出会ってやっとまともに口を利いた。そんな照れくさい感じでこの本を読みました。

それにしても読みにくい本でした。
ずーずー弁(?)は音で聞く言葉なのにそれを文字に置き換えたことでそれはそれは読みにくい文章で、「ええい!何言ってんだ!?」といったちょっとしたイラっと感を持たざるをえませんでした。
ただ実際何の遠慮も無い場面で発せられるずーずー弁もかなり難解な発音と語彙のため実際その場にいてもわけのわからなさは同じであろうと思うと、宮沢賢治が使ったこのテクニックはかなり珍しいアプローチだったのではないかと思います。
というのも明治の文豪たちが切り開いた口語体の文学はより多くの人に文字の世界を開放しましたが、そこには原則的に「同じ日本人だから分かり合えるだろう!?」という前提があったわけですが、しかしこの作品では逆にどんなに忠実に再現しても、それが忠実であるがゆえに分かりあえないことを証明しようとしているかのようだからです。

先生の読後感も何かすっきりとしないものでした。
読む前までのイメージは てっきり田舎の子供たちの前に現れた妖怪の話か都市伝説(あ、岩手だから田舎伝説か)の類の話だと思っていたからです。
まさかただの転校生だったとは・・・・・・・。

劇中、主人公が馬を追いかけて草原で迷子になるシチュエーションがあります。
あのシーンは話の前後をすっ飛ばして切り取っても成立する素晴らしい絵画の世界で、宮沢賢治の持っている視覚風景がとても独創的でありながら時空間を越えて21世紀の今の先生にも共感できるほど普遍的でもあることに驚きました。
しかし、てっきり先生の錯覚か思い込みだと思っていた主人公三郎の妖怪説はここでリアルに描かれています。
なぜこの小学校の生徒たちは三郎の中に妖怪を見出したのか?
それが分からずに結構長い間うっちゃらかしてました。


種山ヶ原 「星座の森」風の又三郎像


そこで生徒君の教えてくれた疑問を見て、ハタと膝を打ちました。
彼らは決して仲良くはなっていないんだと。

忽然と教室に現れた子供は話す言葉も着ている服も親の仕事も見たことの無いものの塊でした。分教場の子供たちの目から見れば北海道という新興都市で育ってきた三郎は異星人か土着妖怪かぐらい違ったものに見えたんだと思いました。
実は先生も子供の頃2度ほど転校したことがあります。新しい学校の教室の中の数十人の生徒たちはそれまで共通する環境と体験を共有していますが、先生にはそんなもんありません。それはそれは互いを探り合うハラハラするような距離感でした。何か共通するものを探り合って、「お互い実は分かり合える間柄だったんだ。」と結論付けたい。そういう緊張のある時間が長く続きました。

先生はこの物語はそうやってまったく環境の異なる子供たちが仲良くなる段階を描いてるのだと途中まで思っていたら実はそうではなかったんです。
だから釈然としなかったんです。
こちらの期待にこたえてはくれない作品でしたから。

しかし、こうして時間をおいて考えてみるとこの作品は「分かり合えないこと」があるということを雄弁に頑固に静かに語っていることに気付きました。

最初に書いた「読めないほど忠実な岩手訛り」は、彼我の距離がそれこそ異星間旅行に比すほど遠いということを表すためのテクニックだったのではないかと。
分教場の子供たちの親は百姓だったり放牧だったりの土地にしがみついて生きている人たちですが、三郎の父親はモリブデンの鉱脈を探して全国を歩く決して土着しない流浪の人です。初めからその設定であることで三郎がその場に長くは留まらないだろうということが初めから示唆されています。
彼らの距離が初めから埋めようが無いほど遠く設定されているのです。
これでは分教場の子供の目から見れば「伝説の妖怪・風の又三郎」に見えるのも仕方なかったでしょう。この物語では分教場の子供たちは最後まで三郎の中に人間を見出せず、妖怪のまま遊んでいたのでした。
だからわずか2週間足らずで再び転校していったときに三郎も分教場の子供たちもそれを受け入れたのです。
そう思うとなんだかガッカリしました。
転校した先の学校で嫌われる『辛さ』みたいなものを思い出したのです。

分教場の子供たちは皆知らなかったでしょうけど、後一ヶ月2ヶ月一緒に暮らしてきたら実は三郎は人間であることが分かったと思います。と、同時に相容れない生き方を送っているために価値観や優先順位が異なり何かと調和を乱す厄介な存在になることが分かったはずです。そうなると三郎は分教場で仲間ハズレにされお互いに目障りな辛い時間を送ったことでしょう。
そうなる前に三郎は去って行きました。
もうすぐであったかもしれない不幸な時間に気付かないままであったことは双方にとって幸せかもしれません。
この物語が書かれたのは原型は大正末期、風の又三郎として発表されたのは昭和7年前後となっています。日本が維新で統一国家になりはしましたがインフラはまだまだ整備途中で人々は「日本人」であることの認識はありましたが日常は地域に土着した狭義のナショナリズムの中で生きていました。猛烈なスピードで近代化する都市とまだまだ娘を売らなくては生きていけなかった社会とが陸続きであることの不自然さがこの物語の骨子だったのではないでしょうか?

宮沢賢治肖像



読後感の「期待を裏切られた 感」「釈然としない結果 感」「ずっと響いていた不協和音」の正体が気になって気になって、すっと感想文を書けませんでした。
それにしても宮沢賢治はこの物語を三郎側の視点で書いたのでしょうか?分教場の子供側の視点で書いたのでしょうか?
今はひたすら宮沢賢治に「お前一体何が言いたいねん?」と問い詰めたい気持ちでいっぱいです。
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テーマ : 読書感想    ジャンル : 小説・文学

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どんぱちの小原です♪

Author:どんぱちの小原です♪
映像草野球トイウ冠ヲツケテ~どんぱちプロダクショント名乗ッテマース。ソシテぇ自分デ映画作ッタリィ、自分デ上映シタリィ、出演シタリィ、他ノ上映会二行ッタリ感想書イタリ悪口言ッタリ アリトアラユル方向カラ自主映画ヲ見テイマ~ス。
自主映画デサエアレバ傑作モ駄作モ大好ゥキデ~ス。

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