自主映画まみれ!

自主映画(特に個人映画)という特殊で奇妙でへんてこりんでとてつもなく面白い世界の紹介や批評や悪口や日々のくだらないどうでもいいことを脈絡無くつづったブログ。ただいまブログだと怖いけど会ってみたら割といい人じゃん♪キャンペーン実施中(落とし所不明)

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サンタクロース狩りだ!!

Category: 自主映画雑感  

模範的サンタ
腹立つくらい模範的なサンタ像

これまでに見たたくさんの自主映画の中でも特に個人・趣味映画でのサンタクロースがモチーフの作品に共通する「幼稚っぽさの駄々漏れ」感は、初めは素人でアマチュアの個人が趣味で造ることから来るメイクや衣装(特にパーティグッズ系の衣装!)やその他のSFXの未熟さなどから来る一種の粗末感なのかなぁ。と諦観していたけど、よく思い起こしてみるとそんな表層的なことではなかった。
個人映画だろうが趣味映画だろうが面白いものってのは画面や衣装やギミックが粗末でも面白かった。要はそれ以外の何かに面白がらせるものが無いから欠点しか残ってないからだ。
安いから、粗末だから面白くないのではなく、面白いものが何も無いから駄目なところしか見えなくなる。そういうわけだ。

でも、もうひとつとても大事なことがあったことを最近気が付いた。
 
そういうスタンスで描かれるサンタの役割はいつも欠点に向き合うこともしなければそれを補う努力も無いのに願望だけを手に入れるためのスイッチでしかないことばかりだった。
で、本当なら非難されるべきそんな格好の悪さを「恥ずかしいこと」という後ろめたさも「ごめんなさい」という反省もなく、かといって「な~んちゃって!」と笑い飛ばす開き直りも無くそのあけすけな欲望を正面切ってまじめに語ることがこの手の作品に何度か俺が感じた慨視感だ。

ふつうなら冗談でなければ言えない幼稚な欲望を声を大にして言うときに本来宿る筈の羞恥心とか抵抗感をまったく感じさせない作風がどうしてこういった作品群に共通して表れてるのか?と思ったけど、今の軟弱な風潮時代に作られた個人映画だと考えればその理由に思い当たる。
彼らはその作品が弱い人に手を差し伸べて見返りを求めない崇高な善意で作ったという大いなる勘違いによって目や耳や感性が曇らされていることに気が付いていないからだ。

サンタクロース




こっから自主映画とは離れた話だけど
というのも、こういったサンタクロースを語ることで満足を得るという風潮は個人・趣味映画だけに限った話ではなく最近話題のライトノベルや漫画や芝居にも個人レベルのものでは顕著に現れている。さらには創作だけではなく、大小を問わないある種のチャリティや慈善事業などに使われるときにも基本コードとして伴奏に流れている。
「良いことしているあなたも素敵、私も素敵♪」
という互いを尊敬し合える崇高で素晴らしい場が何の前戯も無く繰り広げることができるどこまでも優しい空間。それが今の日本のクリスマスだ。

サンタさんなんか居ない!と開き直ったり諦観したり冷静になってる近頃のガキどもに「少しでも夢を見てもらおう!」とはしゃぐ大人に言いたいが「人に夢を見させる前にお前らが夢から覚めろ!」
物質的に満ち足りた今の日本でサンタクロースができる役割はパーティグッズ程度でしかない。
カタルシスの無い夢を夢とか言うな~~~~!

ようし!野郎ども!!
今年はサンタ狩りで派手に騒ごうぜ!


ゼロのネタ
集英社刊『ゼロ(原作:愛英史、絵:里見桂)』39巻 より
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テーマ : 自主制作    ジャンル : 映画

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プロフィール

どんぱちの小原です♪

Author:どんぱちの小原です♪
映像草野球トイウ冠ヲツケテ~どんぱちプロダクショント名乗ッテマース。ソシテぇ自分デ映画作ッタリィ、自分デ上映シタリィ、出演シタリィ、他ノ上映会二行ッタリ感想書イタリ悪口言ッタリ アリトアラユル方向カラ自主映画ヲ見テイマ~ス。
自主映画デサエアレバ傑作モ駄作モ大好ゥキデ~ス。

ダカラァ
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