自主映画まみれ!

自主映画(特に個人映画)という特殊で奇妙でへんてこりんでとてつもなく面白い世界の紹介や批評や悪口や日々のくだらないどうでもいいことを脈絡無くつづったブログ。ただいまブログだと怖いけど会ってみたら割といい人じゃん♪キャンペーン実施中(落とし所不明)

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映画と教育

Category: 自主映画雑感  
本屋で立ち読みした小説家になるための方法論みたいなことを書いてる本があって、何気に見てみると目次にジャンル別の方法論が分かれてあった。
俺の場合、読書対象は殆どノンフィクション系でフィクションは読まないが、かろうじて歴史小説だけはよく読む(ある意味これもノンフィクションかも?)で、その項に書いてあるん文章を読んでみて笑った。

新人が歴史小説で書いて良いのは「信長・秀吉・家康ちょっと譲って信玄・謙信」が限界。歴史小説家として有名になって初めてマイナーな人物を主人公にしたものが書けると書いてあり笑った。多分書いてなかったようだけど他に許される人物としたら「源義経・弁慶コンビ・新撰組・西郷隆盛・坂本竜馬」あたりか?(もっとも坂本竜馬は司馬遼太郎が書かないと今でもマイナー人物だったろうなw)。
歴史(日本史限定)オタクの俺としてはそんな超メジャー路線の手垢付き捲った人物の小説なんかはもうあんまり興味が無く、一般への知名度は無くても、世の中に与えた影響が小さくない人(北条義時・高師直・安藤昌益・高野長英・前野良沢あたりか?)の話が読みたいのだが、結局「消費者側の知識が乏しいとそれだけ表現する側の制限も大きくなる」ということが現れてるわけなんだよな。実際、売れてる歴史小説家の殆どがやはり戦国三大大名(信長・秀吉・家康)の本を書いている。

        早雲
   (この肖像が伝・北条早雲 と知ってる人は何人いるのか?)



でも小説なんかまだマシ。映画のように投資額がハナからでかいものなんて、1回の失敗で大会社の屋台骨が簡単に傾くので冒険を避ける傾向はなおさら強くなっていく。っていうか、本当なら1回も失敗できるはずが無いのに・・・・・デビルマン・・・・

そのせいで、毎年毎年邦画の興行収入上位は、いつも他の原作からの映像化だ。
もちろん製作者側だって本音のところは誰もが「オリジナル企画を出したい!」と思ってはいるだろうけど、実現するのはかなり困難だ。与えられた台本に沿って単に撮るだけの監督ではなく、ストーリーを創れる人にとっては、作る前からネタばれの話なんかやりたかぁねぇだろう。
 
企画書やシナリオを読める人というのは実際問題数は少ない。プロデューサークラスの専門職種の人が精一杯で実際に製作委員会に名前をつらねるような一般一流企業(製造業・サービス業など)の方々でシナリオを読める人なんか殆どいない。彼らが理解できて信頼できるのは「実績」「データ」だ。そんなことは映画会社は百も承知だから、企業に「金出して!」という企画を持ち込むときはたいていが「文庫本100万部の小説ですが・・・。」「去年の芥川賞の作品ですよ。」「少年マガジンで10年以上連載が続いていて累計1000万部売れてます。」となるわけだ。
いやいや、これは金を出す企業だけの話ではない。実はエンドユーザーである観客も自分で面白いか面白くないかわからない場合が多々ある。CDやレコードのようにジャケ買いするようなマニアはほんの一部で、大半の人は自分が次の休日に見る映画を決めるのは「文庫本100万部の小説で・・・・。」「去年の芥川賞・・・・。」「少年マガジンで・・・・・・・」
こうしてみると映画産業は書籍出版業界の下請けか?とか思っていたけど、見方を変えれば映画産業は書籍出版業界でマーケティングを代行してもらっているとも言えるかもしれん。

            ドラえもん
  (キャラクターがそのままでストーリーは自由というのが狙いやすいかも)


「映画産業をもっと」とかいう議論はよくあるが、俺のこういう視点からすると、消費者側のレベルが変わらない限り何をどうしたって変わらないんじゃないかと思っている。信長もすごいけど松永 久秀の方がもっと滅茶苦茶で波乱万丈だ。北条義時の凄みは日本人とは思えないぐらいの素晴らしさがあるし、前野良沢・杉田玄白に学んだ中川順庵のエピソードは俺なんか一番好きなんだが、日本人の知的情報レベルでは「誰?それ?」となるしかない。
義務教育というものが富国強兵を目指して成り立ったとはいえ、事実すべての産業を今のように成り立たせているのは間違いなく「教育」というものだったといえるが、実は「娯楽産業」ですら、本当は教育が負う責任は小さくないと思う。クリエイターが産業の中の表現でどれだけ幅を広げられるかは、エンドユーザーの許容範囲に制限されるのは当然なのに、回り道を考えるのは誰もがイヤなんだよなぁ。


斜め読みみたいなもんなので最後まで読んでないが考えさせられたね。
懸賞応募してデビューする人というのは小説の分野で一体何人いるか分からんが、毎年定期的に現れるものの、その後継続して「小説家」であり続けられる人は少ない。
ど素人相手の懸賞では勝てても、今度はプロ達に間で勝負しなければいけないので過酷さはデビューしてからの方が大変なんだだそうだ。
同じ本の別のページに「今では小説の懸賞応募者の中には、過去にあちこちの懸賞でグランプリを取ってる人」なんかがごろごろ混ざっているんだそうで、「脱サラして印税生活しよう!」ごときのふわふわした気持ちで応募しても勝てっこないなんてことが書いてあった。

すっげぇ~~~世界だなぁ、おい。
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Comments

想像してみよう 
>今度はプロ達に間で勝負しなければいけないので
つまり、(歴史小説ならば)自分以外の懸賞応募者の中に津本陽とか永井路子が今のネームバリューそのままで応募してきてると思いねぇ!
初めっから勝てる気がしねぇ~~~!!!

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どんぱちの小原です♪

Author:どんぱちの小原です♪
映像草野球トイウ冠ヲツケテ~どんぱちプロダクショント名乗ッテマース。ソシテぇ自分デ映画作ッタリィ、自分デ上映シタリィ、出演シタリィ、他ノ上映会二行ッタリ感想書イタリ悪口言ッタリ アリトアラユル方向カラ自主映画ヲ見テイマ~ス。
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