自主映画まみれ!

自主映画(特に個人映画)という特殊で奇妙でへんてこりんでとてつもなく面白い世界の紹介や批評や悪口や日々のくだらないどうでもいいことを脈絡無くつづったブログ。ただいまブログだと怖いけど会ってみたら割といい人じゃん♪キャンペーン実施中(落とし所不明)

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2012年人類滅亡説

Category: 日常・雑記  
今年の12月20日~22日に人類が滅亡するという噂があることを今の会社で回りに話しても建設系の事務方の連中にとってはまるで聞いたことのない話に違いなく、真剣に話せば話すほど「面倒くさいやつ」扱いになることは明らかだ。
(っていうか、なんで何日も候補日がある予言て予言としてどうなのか!?)
人類滅亡2012_22(55%)

今回の滅亡症候群の病原体は古代マヤ文明に残された暦に由来するものでちょうど今年の12月22日が節目となりそこで人類が滅びるというものだ。

前世紀に「ノストラダムスの大予言」での大騒ぎでマスコミ・メディア界は「終末論・滅亡論」は儲かるという経験をしたため、根拠が薄弱ながらも二匹目と三匹目のドジョウを狙って無理やり騒ぎ立ててるものだ。そのノストラダムスを経験した人間から見ればこの2012年滅亡説は語呂の悪さといい区切りの悪さといい完成度は低く胡散臭さはダダ漏れ。しかし、世紀末を経験してない今の若い人には新鮮らしく、不安感をわしづかみにされた彼らの悲鳴はネットの上では田んぼのバッタのようにあちこちでヒステリックに飛び跳ねている。
小学生のころノストラダムス騒動の張本人・五島勉症候群にもろに当たった自分としては今の彼らのパニックをあまり笑えないのだが、それにしてもなんかUFOも心霊も超能力にもハマってるというオカルト人間がこういう滅亡説を信じてるのはまだしも、この流行に載せられてオカルトに興味のなかったものまでもが不安に刈られてると、こちらはついつい「くだらないからまともに相手するんじゃない」ということを言って不安を取り除いてあげたいと思うのだが、驚いたことにいくら論理的にも科学的にも正当な反論をしても彼らは一向に安心してくれないのだ。

その強固さは何にあるのかというと、まぁ若い人に共通する未来が不透明なことから来る本能的な当たり前の反応に起因するものと、あとは滅亡を連想させる社会事情が雰囲気作りに役立っているからだ。

マヤ遺跡


 
前世紀の五島症候群は発表時には米ソの冷戦が日常であり、中南米とドイツ・東欧は一触即発の状況。同時に中東ではダラダラと武力衝突があり、それすら背景に米ソが絡んでいるため言ってみれば世界中にむき出しの導火線が焚き火のそばに転がっていたという状況だった。日本国内でも早すぎる戦後復興と尋常じゃない高度成長のために影に追いやったものがしまいきれずに溢れ出してきて公害問題が首相の交代より身近な問題として我々の生活の上にのしかかってきていた。先の中東情勢の悪化による石油不足でスーパーの石油商品が先の震災のころのように空っぽになったことで滅亡しそうな雰囲気作りは整っていたのだ。もちろん五島勉の一連の作品は「根拠よりも雰囲気が大事!」ということを誰よりも熟知していたらしく、その後新世紀になるまで何冊も出し続けることのできた秘訣は、雰囲気作りは雰囲気に合わせていくらでも変え続けて出せるという手法にある。出すたびにパンデミックや経済崩壊や惑星直列やらその時々の嫌と思われてるものを使って雰囲気で説を補強していた。「ほらあなたの周りはこんなに怖いことばかりでしょう?だから人類は1999年に滅亡するんですよ」という論法だ。

五島勉(ノストラダムス)     ノストラダムスの大予言(映画版)


マヤ暦の人類滅亡予言を補強するのはまさに昨年の震災であり、原発の事故であり、911であり、アフガニスタンであり、北朝鮮であり、地球の温暖化であり、オリオン座のベテルギウスであり・・・・・。
残念ながら雰囲気の材料対決で言えば圧倒的に否定派・懐疑派に分が悪い。
挙句の果て(まさに果てだと思うが)には「じゃぁ、人類が滅亡しないということを科学的に証明して見せろ」とかいう主格が転倒しまくって宙返りしているやつまでいた。20万年前から昨日まで滅亡してないのなら明日も明後日も滅亡しないというほうが確率が高いのだから、それに反して滅亡すると思ってる方が証明するべきことだろうよぉ・・・。

でもね。
雰囲気がいくらあってもそれが人類滅亡の証明にはまったくならないのだよ。
そんなものは「肝試しは夜に墓場でやったほうが面白いよ」ということではあっても「霊の実在を証明することとは何の関係もない」のと同じなんだ。

先週新しく引っ越した会社の事務所の環境探索のために立ち寄ったでかい本屋で何気にサブカルチャーのオカルトのコーナーに立ち寄ったとき。一人の中学生ぐらいの男の子がやってきた。彼はドッサリ並んだオカルトやトンでもの本の中からオーパーツとアセンションとヒーリングの本をぱらぱらとめくっていた。そして真剣な顔をしてその本を棚に戻すとその場を去っていった。
同じ棚にはと学会やら懐疑派やらアンチオカルトも並んでるのにそちらには目もくれなかった。
信じてる方しか興味がない視野狭窄になってるような気がした。というより「滅亡の話は詳しく知りたい」であって「滅亡するかしないか検証する」ことに目がふさがれてるようだ。目にうろこが飛び込んだことに気づいていないくらいの視野狭窄。
そんな感じがした。
そうなってくると科学的だろうが論理的だろうがそういう正しい態度が彼らを納得できないことの理屈が分かる。理屈で納得して人類滅亡予言を信じたわけではないからだ。

彼らが人類の滅亡に対して先行きに不安に駆られるそのデマをさらに拡散している負の連鎖を止めるには論や科学ではなく雰囲気なんだ。
きっと世界は明日も続くに違いないという気持ちにさせられる雰囲気を。
たとえば、YouTubeに毎日アップされる世界中の面白くておかしくてへんてこな事件や連中を見てみろ。
母親に叱られて泣く子、ドッキリカメラが成功してはしゃぐ仲間、ボーリングで指が離れず地面と水平になってすっ転ぶ男と死ぬほど笑い転げるその仲間、車内で三人の親子が一斉にガリレオを歌う。
猫はベランダから落ち、インコは笑い続け、犬は遊びたいのに眠りこけ、子供の像が雪に喜び走り回る。
それらはまったく別の世界の話ではない。すべての可笑しくて変てこりんで滑稽な奴らとは驚いたことに同じ星の表面で繋がっていて時間と金さえあればそこへ行って会うことは可能なんだ。
大災害や大事件は確かに眼を引くし衝撃も大きい。それは空に光るでかい花火のように視線を持ってかれるかもしれない。
でもその間もずっと途切れることなく地上では無数の窓の光が常に灯っていることも知っておかないと、その灯と灯の周りの風景を守ってあげられないじゃないか?
そういう小さなたくさんの灯明かりの光景を見てたら
来年・再来年も正月がやってきて、きっと一日中くだらないテレビでもやってるんじゃないかなぁ?


っていう雰囲気になれないか?

ニューヨーク夜景








ほら。前に紹介したマット・ハーディング君の映像でも見たまえ。

世界のすべての人々はみな同じ材料でできていることを確かめさせてくれる素晴らしい映像だぞ。

根拠無視の雰囲気争いならいい勝負だろう?










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どんぱちの小原です♪

Author:どんぱちの小原です♪
映像草野球トイウ冠ヲツケテ~どんぱちプロダクショント名乗ッテマース。ソシテぇ自分デ映画作ッタリィ、自分デ上映シタリィ、出演シタリィ、他ノ上映会二行ッタリ感想書イタリ悪口言ッタリ アリトアラユル方向カラ自主映画ヲ見テイマ~ス。
自主映画デサエアレバ傑作モ駄作モ大好ゥキデ~ス。

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