自主映画まみれ!

自主映画(特に個人映画)という特殊で奇妙でへんてこりんでとてつもなく面白い世界の紹介や批評や悪口や日々のくだらないどうでもいいことを脈絡無くつづったブログ。ただいまブログだと怖いけど会ってみたら割といい人じゃん♪キャンペーン実施中(落とし所不明)

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俺たちの旅

Category: 俺の活動  
日曜日に咳の発作と戦いながら報われない作業してて、ふとむなしくなってゆうつべみてるときに
偶然。中村雅俊の懐かしいヒット曲集があったので聞いてみた。今ではタイトルと曲とが一致しないので適当に初めに選んだのが「俺たちの旅」。

なかむら


その瞬間一気に30年ぐらい俺の中に埋もれていたある種の醤油臭い感情を持っていたそのときにまで引き戻されて驚いた。
で、ふと「俺たちの旅」http://www.vap.co.jp/oretabi/index.html みたいな作品が作りたくなった。
いや、作りたがっていたころの昔の自分の感情と今とが30年の時空間をすっ飛ばして直結した。

俺の場合「作りたい」は「出たい(出演)」と同義語なのだがwww、年齢の問題を抜きにしたとしても果たして、そんな物語が俺みたいな変に理屈っぽくドライで冷めてて他人との接触を拒むようになってしまった男に作れる(書ける)のだろうか?なんてことを考えたが、スピーカーから響く音楽が、俺の頭の中のある部分で まるで長い間澱んでいた池に突然巨石を放り込んだみたいに波打ち泡立ち撹拌しまくって一向に落ち着かなくしている。

そもそもあのドラマのベースは窮屈で肩肘張って周りの目ばかり気にして理不尽を押し通したり我慢したりする大人に反発して、安定を捨てて「自由」を得るなんていう格好の良い生き方だったもんだが、実はあの時代ですらそれはファンタジーでしかなかったのだ。
であるならばスーパーマンや仮面ライダーやウルトラマンと同じく創作の基本である「こうあれば良いなぁ。」の具象化で良いわけだ。
現実の自分でない自分。こうあれば良いなぁという自分。もしあの時こうしてたらこうなってただろうという自分。
変身ポーズの無いヒーローものと捕らえれば楽しいものができるかもしれない。

で、ふと70年代の大人の世界と2000年以降の大人の世代、またそれぞれの若者たちとの対立についてぼーっと考えてみた。
初めは大人と若者の対立なんてそれこそ日本の歴史と同じくらい古くから普遍的に存在するものなのでそう変わりは無いだろうと思っていたんだが、少なくともドラマ(物語)の世界では若者の反発の仕方に変化があるような気がしてきた。
 
(ちゃんと調査したわけではないので反対があれば簡単に引っ込めるつもりで居るけど)
というのも、70年の中村雅俊が目指していたのは大人への反発を元とした彼ら自身の価値観による「新しい秩序」だったのに対して、80年からの若者ドラマは大人への反発の表現が「暴力・破壊・混乱」という「無秩序」に終結し、その無秩序であることこそ彼ら若者が存在が許される空間として描かれるケースが多くなっているような気がするのだ。
安保が終わり、社会主義も共産主義も終焉して彼らは新しい夢を作る力を亡くしたかのような。

で、さらに進んで今はグループでもない仲間でもない一人一人が分離している「孤独・孤立」が彼らの生息域になっているような気がしている。相手が大人だろうが友人だろうが先輩だろうが後輩だろうが、他人との接触が軋轢を生む。価値観が細分化されたために、他者との共通化が難しくそのため誰もがそれぞれ異なった理由で敵になるし、また同じ理由で仲間も作れない。そもそも他人と居るからぶつかるんだから初めから接触しなければ良いというだけの存在意義。
「孤」なのでそこには秩序や無秩序なんていう対立軸すらなくなっている。
社会や個人同士の結びつきがどんどんほぐれて行っているのだ。

さて、そう思うと、小原風「俺たちの旅」に必要なのは今の時代に新しく提案できる新秩序なのかな?と思いついてしまった。
イヤ、別にそこに落ち込まなくても良かったのだが、そういう方向にポイントが切り替わってしまったのでちょっと引き返すのが惜しくなっている・・・・。
意外と責任は重いということに気が滅入ってしまった。
新聞の読者投稿欄に毎度毎度現れる「若者には夢が無い!」という大人の言い分は、もう耳にたこができるほど聞いているのであと何万回繰り返されても聞こえやしません。
もし届かせるのならば、「新しい秩序がどんなものなのか?」を語ることではないだろうか?

とは言ってもそんなことができるのならば誰も苦労はしないし、とっくに答えが出てるはず。
いまだに日本中の偉い人が次の価値観が提案できていないのに俺にそんなものが考え付くはずは無いのだが。

幸い俺は創作者である(だいぶ端くれだが)。
言い換えればほら吹きで山師である。少なくとも30分なり60分のおとぎ話を作ることが存在意義だ。
さもありそうな気にさせるだけの夢を描くことさえできれば わしらはそれでいいのだ。
(※たぶん、この面での最後の幻影が「起動戦士ガンダムのニュータイプ(79年w)」じゃないか?)
少し気が楽になった。
なんか考えてみるか♪

エンディング

↑ ↑ラストはやっぱり 涙腺絞る「詩」だよなぁ!

当然、中村雅俊のポジションは俺ね。
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テーマ : 映画を見て、思ったこと    ジャンル : 映画

Comments

うろ覚えで書いたけど 
中村雅俊(というよりドラマ原作者)はいったいどんな秩序を描いていたっけ?

たしかずいぶんと気楽な会社を始めたんだよな。
でも会社を成り立たせようとすると「結局大人の論理」に屈することになるハズなんだけど、このドラマそこまで踏み込んだっけ?

たしか何周年かを記念して後日談みたいなものをテレビでやったはずだけど、見なかったなぁ。もっとも、それは「大人の論理に屈した彼ら」を見たいなんて思わなかったのもあるが、ということは俺はやはりあの物語をファンタジーとして捕らえてたんだな。

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どんぱちの小原です♪

Author:どんぱちの小原です♪
映像草野球トイウ冠ヲツケテ~どんぱちプロダクショント名乗ッテマース。ソシテぇ自分デ映画作ッタリィ、自分デ上映シタリィ、出演シタリィ、他ノ上映会二行ッタリ感想書イタリ悪口言ッタリ アリトアラユル方向カラ自主映画ヲ見テイマ~ス。
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