自主映画まみれ!

自主映画(特に個人映画)という特殊で奇妙でへんてこりんでとてつもなく面白い世界の紹介や批評や悪口や日々のくだらないどうでもいいことを脈絡無くつづったブログ。ただいまブログだと怖いけど会ってみたら割といい人じゃん♪キャンペーン実施中(落とし所不明)

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駄文。エンターテイメント産業について

Category: 日常・雑記  
エンターテイメント産業について取り留めなく結論無く考察無く
興業を主体としたエンターテイメント産業について話の都合上
野球・サッカーなどのプロスポーツ興業と、映画・演劇などの創作興業とに分けてみる。

プロスポーツ興業の場合、
対戦式の場合、原則どちらが勝つかという点が興業の主目的でさらに勝負が決するまでの過程がエンターテイメント性の重要なファクターとなる。
つまり単にどちらが勝ったという結果だけではなくその過程で押したり押されたりピンチやチャンスが適当にちりばめられて手に汗握る展開が一番好ましい。
たとえば野球で言えば主催チーム側(興業主)は前半でチョコチョコ点を取られながらも9回裏の攻撃で点差を跳ね除け、最後は華のある四番バッターが逆転サヨナラホームランとか打って勝ってくれればそれに勝るものは無い。
ましてやそれが優勝がかかってる試合だったりすれば大歓迎。
でも、勝負事なのでそうそう都合の良い展開にはならない。主催者側の試合であるにもかかわらず滅多打ち食らって前半で試合が決まったり、チーム自体が弱すぎて最初から勝利が期待できなかったりすると『興業(客にエンターテイメントをサービスする産業として)』としてはつらいものになる。

東京ドーム

 
では、優勝争いしているチームならまだしも下位に沈んだチームでは『興業』を成り立たせるためにどうすればいいのかとなると、一つは「スター選手により個人の活躍を見せる場として『チームの勝利以外の部分にも付加価値を作る』」というのがある。
日本プロ野球の場合、今この付加価値の部分で危機に瀕しているのがメジャーリーグへの選手の漏出。
これまではお客も連れてくる巨人というチームに昔のような集客力がなくなってきているため、各球団とも他人に頼れなくなってきて自分で勝負以外の付加価値を独自に持たなければならなくなっている。
他には、スター選手を引っ張って来れないほど財政的につらいチームは「ご当地チーム」方式を強く出す。巨人という人気チームを持たないパ・リーグは早くから(それでも十分に遅いけど)この方式をとり、日本ハム・ソフトバンク(旧ダイエー)・ロッテ・楽天などはホームグラウンドを移転するという大冒険を行い成功している。
「面白い試合ができればそれが一番いい」とは思いながらあらかじめ台本が書けるわけでもなく、またすべてのチームに勝利を与えることが不可能なので興業産業としては不純ではありながらも勝負以外のところにも仕掛けをしなければならないところがつらいところだ。セ・パ両リーグで導入されたクライマックスシリーズも諸にこの側面からのみ作られたシステムだけど今のところ興業的には成功している。

別の競技の話だが、チームの技術力の差のせいで最初から勝負が分かってしまう事が続いて興業的(というよりむしろスポンサー対策としてだけど)に苦しくなってきたので、毎年こまごまルールを変えて少しでもチーム間の格差を埋めようと躍起になってるのが自動車レースの最高峰F1。単に車の速さだけだと性能が違えばレースではその差は埋められないのでタイヤ交換や給油というルールを必須にして追い抜きをしやすいようにしている。
エンターテイメント的には本来あるべき理想的な展開をしてほしいのだけど台本を作ることができないので思うようにならない。スポーツ興業のリスクはノンフィクションであるがためにフィクションでは許されないほどのつまらない結果が出ることも普通にある(というか全試合の半数以上が理想以下で、さらに30%ぐらいがとてもエンターテイメントとはいえないお粗末なものになる)。ということで、ノンフィクションであるべきなのにルールやシステムをいじって結果すら左右する人為的な操作をする必要がどうしてもあることがこのジャンルの宿命だなぁと思った。

で、もう一方の創作興業の場合。
こちらは原則あらかじめ用意されている台本がありそれによって必要なパーツ(主に登場人物)が動いていく。
ライブなどでのアドリブやトラブルを除けば何度見ても同じものは同じ内容で同じ過程を通って同じ結論に結びつく。
こちらの分野も単に結論(結果)だけを見せるのではなくそこに至る過程での山や谷を配置してそこに殆どの技術が集約される。
最大のメリットはあらかじめ台本を作れることだから、理想的なピンチや理想的な盛り上がりや理想的な人物設定をおくことが可能だ。
が、デメリットは見る側にもあらかじめ台本があることが分かっているので、単純な『理想』は『わざとらしさ』『都合よすぎ』『無理無理感』というネガティブな反応を呼びやすい。そのため「あらかじめ用意された作り事でありながら、作り事でない風を装う」という無茶苦茶な業がさらに必要になってくる。
ハリウッドの脚本教本などを見るとそのノウハウがまさにそのための露骨なテクニック集になっていることに驚いたことがある。
90分前後の全体尺をどう分割してどこで目標を設定しどこで事件を起こしどこで話を変えるか(←この部分が一番びっくり!)が事細かに解説されていて、なんだかそれを見ると一気に映画を見る気を失せさせるけど、改めてそれを思い起こしてみると長い間かかって試行錯誤を繰り返し研究に研究を重ねて作り上げた公式だと思うとそのノウハウ集はそれまでとは別の学術的な価値も持ち始めているような気がする。

なんてことをつらつら考えていた。どっちにしろ台本が有るのか無いのかの片方を犠牲にすることで成り立つエンターテイメントなのでどちらかのデメリットはずっと付きまとうけっこうきつい商売だなぁ。と感慨にふけるだけなんだけど。
せっかくなんで今思いついた結論を無理やり書いてみる。
では理想のエンターテイメントとはなにか?ということ。

それは「台本のあるノンフィクション」といえる。



一見ありえないシチュエーションだけどこの理想をある程度達成したジャンルが一つあるのを思い出した。


プロレスだ!(大爆)
プロレス


道理で一向に滅びないわけだ。

注意)単なるオチです。



※各競技の八百長試合もこの一面があるといえばあるけど、それは動機が違うから除く。
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どんぱちの小原です♪

Author:どんぱちの小原です♪
映像草野球トイウ冠ヲツケテ~どんぱちプロダクショント名乗ッテマース。ソシテぇ自分デ映画作ッタリィ、自分デ上映シタリィ、出演シタリィ、他ノ上映会二行ッタリ感想書イタリ悪口言ッタリ アリトアラユル方向カラ自主映画ヲ見テイマ~ス。
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