自主映画まみれ!

自主映画(特に個人映画)という特殊で奇妙でへんてこりんでとてつもなく面白い世界の紹介や批評や悪口や日々のくだらないどうでもいいことを脈絡無くつづったブログ。ただいまブログだと怖いけど会ってみたら割といい人じゃん♪キャンペーン実施中(落とし所不明)

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『なかのムービーラプソディ 08』

Category: 上映会・作品感想  

DATE
■日 時:11月2日(日) 13時半開場 14時開演
■入場料:500円
■場 所:なかのZERO小ホール
■主 催:なかのムービーラプソディ(?)~中野区教育委員会後援イベント~
■上映作品
 ◎なにわ天閣監督作品集 なにわ天閣
  『みどりちゃん』『特攻伝説』『初めてのおつかい』『引き出しの中のタイムマシーン』
 ◎恩田 浩/『話し』
 ◎河野和男/『スズキ商事 』
 ◎飯野歩/『ガソリンゼロ』


アウトマンラボという中年自主映画青春団体(w)の新津氏が音頭を取って毎年一回開催される『ワンコイン上映会(500円玉一枚の意)』という売り文句で行われる地味だけど映画好きなおっさんたちが手作りで行っている自主映画セレクトのイベント。
昨年も鑑賞したが、今年はSUPER B-DASHのチラシ挟み込みとガソリンゼロの関係者扱いということで出かける。

nakanorapusodie


500人は収容できるという大きなホールでありながらイベントの各パーツに何にも仕掛けも華も無く、作品以外のことはすべて不要とでも思っているかのようなケレン味の無さが特徴の上映会。
良く言えば、巷の普通のおじさんが名誉も利益も求めない純粋な好意だけで運営されてるアマチュアイベント。
悪く言えば無特徴で無個性。他の人に『どういうイベントなのかを説明しにくい』。

今回も丁寧に整ったパンフレットがあり、「そうとう自主映画好きなんやなぁ~」と、よこしまな俺から見たら近寄れないオーラがある。ドラキュラが十字架に触れられないような。

で、作品の感想(一部ネタバレ有り)
 
◎なにわ天閣監督作品集 なにわ天閣

tokkou
前回のSUPER B-DASHでも紹介した作品なのでいまさら感想も無いのだけど、
映像作品の場合、俺が一番ウケるのは「映像の文法を壊した」あるいは「セオリーを壊した」ものというのが特に好きで、そこんところは過敏にウケてしまうところがある。なにわ天閣師匠のほかにバカ映画だと高岡晃太郎(公式発表では俺の嫌いな監督になっているw)や酒徳ごうわく監督などの作品に共通して感じている『好きな理由』はここだ。
この日上映された作品では「はじめてのコマ撮り」が映画に対してだけではなく「自主映画(個人映画)」に対しての先入観というか固定観念をいつの間にか自分が持っていたことに、衝撃があった。
この作品は「コマ撮りした人形がお店にお使いに行くところだけ」で構成されてるんだけど、作者の机の上丸出しのセットで背景に作者の部屋の窓が平気で写っている。人形が一歩一歩進むごとに窓の外の光が次第に夕焼けになっていき、人形が店につくころにはとっぷりと日が暮れてしまっている。
この作品を初めて見たのはまだなにわ天閣のことは殆ど知らなかったときなので「(背景に外が写らないようにしてないから)やコマ撮りで時間がかかってしまったことが、日も暮れちゃってて丸分かりじゃん!」などと、単にアマチュアの裏方がバレバレになった作品だと思い込んでいた。
そしたらオチは夜になったのでお店も閉まるという。(ミニチュアの街灯まで点灯しているw)
どれが正しい時間軸なのか?この発想にぶっ飛んだ。
アニメは一コマづつ撮影されているけど完成された作品上ではそんなことは気にせず同時間で体験すればいい、と思い込んでいたが、そういうそれまでのいろんな作品を見ることでいつの間にやら出来上がっていた『お約束』が、実はそれほど明確に契約されたものではなく、作り手側の意識次第でその契約は簡単に破棄されるものだという怖さと面白さ。

文学や絵画や演劇はそれこそ古代から作られ続けたジャンルに比べると映像なんかは高々100年ちょっと。
テレビ・ネットの発達のおかげでその百年は古代・中世の数百年分ぐらいの密度に詰まっているとはいえ、まだまだ歴史が浅いのに、もうお約束・決め事・固定観念に縛られていることをひっくり返してくれる感動がこの作品にはあった。
が、その反面(強引だけど)日本語の助詞「てにをは」を変えて使うとまるで違う意味になることと比べれば、悪用や改変してもまだ意味が通じたりするところがまだ映像の文法が固まりきるほど歴史がないことの証左かもしれない。と思った。1000年ぐらい経てば何か固定されるものがあるかもしれない。

◎恩田 浩/『話し』

hanashi

ずっと以前、自由が丘の小さなアトリエで持ち込んだ区品は片端から全部流すという小さな小さなイベントがあり、まったく一人で東京に出てきて自主映画を撮り始めたころの俺は『他に同じことをやってる人』を探したくてこのイベントに作品を持って参加してたのだが、そこで見た作品の一つに「失踪者を探すために探偵が知り合いを尋ねていき、その証言者の話から失踪者の人物を描き出す」という手法の作品を見た。タイトルは覚えてないがイメージ先行の作品だったため、キャラクターを濃密に描き出すというよりは雰囲気作りのほうにウェイトを置いていたのでその手法の面白さを堪能は出来なかったが、その描き方の面白さに一人で「ふ~ん、ふ~ん」とうなづいていた。
(注意:俺は小説もドラマも見ないのでこういうテクニックに一番最初に触れる機会はそれこそ自主映画でしかなかったw)。
普通ドラマで人物を描く時には主要キャラクターに目標を立ててやって、障害を用意しそれをどう乗り越えるかというのが最も多い手法だけど、その逆に周りの風景や影を書き込むことで逆に対象を浮き立たせるという手法も目的達成としては同じ効果があると知った最初の出会いだった。

例えば、漢字の「日」を表示する場合。
普通はその文字を構成する実線部分を表示するのだけど、その文字を立体物と考えると影だけを書くことであたかもそこに「日」という字の立体が置かれていることを感じることが出来る。
(↓こんな感じ。AAとか作れるともっとわかりやすい例が書けるんだけど・・・)

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で、この『話し』という作品。
監督本人が主演となり、6つのパートに分かれてそれぞれ彼と彼の関係者との二人だけの会話の断片だけでつづられる小作品。各パートはどれも主人公とその相手の二人しか出てこないし、カメラも固定で人物も構図も一切動かない。事件も目標も無く脈絡も目的も共通するテーマも無い普通の会話(ここでは対話かな)を切り取っただけ。この主人公の年齢や職業やといったデータ的なことは劇中では一切語られないので、な~んにも話しが無い!

ところが、またそれが実に克明で繊細で雄弁に主人公の人間性(キャラクター)を描き出す。
人が他者に持つイメージとは出身地や職業や肩書きや資格や学歴というデータではないし、またそれだけ聞いても人物をイメージしにくい。結局見知らぬ他人と会う時に人は何を一番知りたいのかというとデータでは表せない「喋り方」とか「性格」とか「人間関係」とかいう抽象的な面だったりする。いかにこれが大切かは会社の面接で資格や免許をいくら誇っても、入った後で一番優先されるのは友好的人間関係を築けるかどうかに懸かっていることが明白だからだ。

劇的な出来事で表される人物像は嘘(フィクション)という前提の中でのみ存在を許される虚像でしかなく、リアルな人間像を描くとしたらそれは事件も事故も無い日常の中で何気ない会話の中にこそその人の真実が潜んでいるし言葉の端々に本性が顔を出すことが正常だといえる。
結局は人間の描き方は
「事件や事故などの突発的な事象の中で現れる人間性こそその人の真実だ」というのと「その人の個性や真実は日常の言葉や動作の端々に出るのだ」というだけの違いでしかないのだろう。
それぞれ「しょっちゅうピンチになるわけでもないし、そもそも人間は弱いものだから追い込まれれば弱身や欠点は殆どの人がでてしまう。」と「いくらでも嘘や飾りでごまかすことも出来ると」と双方に反論があろうけど、どちらにも反論があるということはどちらも決定的でも絶対的でもないという証左だ。

物語としては事件や事故があったほうがストーリーを最後まで見せるのに便利な手法ではあるが、人物を描くという点においてどちらがより正確で繊細かとなるとまったくイーブンだ。ただ、多分に直接「日」と書いた方が誰でもわかりやすく伝達力が高いけど、陰影法は描くのに手間がかかり、また受け取る側の感受性の高低によってはまるで伝わらないリスクがあるということの違いがあり、この作品はその恐ろしく高度な表現方法にチャレンジし成功しているところが上手いし、面白かった。

ただ、やはりドキュメントっぽさリアルっぽさを出すことを主眼としたためか逆光過ぎたり音割れ部分があったりしたことと、一部こなれていないシナリオ言葉やちょっと『きっちりと構えました』感がある構図があったりなど良いところでちょいちょい入るノイズが意識にあがってくるところが惜しい。実像と虚像の配合具合に俺なりの納得がいかないところがあるが、まぁこれは他人の運転する車の助手席に座ったときの気持ちのようなもんだろう(ついつい運転の仕方に口挟みたくなる心理。)。

◎河野和男/『スズキ商事 』

suzukisyouzi

上映会のプログラムの選者は主に新津氏らしいけど、この作品も普通の映画で見られるような爆発も銃撃も
先の恩田監督の「話し」のように小さななんてことはないエピソードをちくちくと重ねていってある人物のデッサンを描こうとした小憎らしい上品な作品。
仕事をなくした主人公の青年(中年?)が見つけた新しいバイトは、中古のカメラや時計などの個人売買(作中では法人を名乗っているが実態は個人)をしているスズキさんの元での発送業務のお手伝い。
古いアパートのやや怪しさの漂う部屋で、梱包の仕方や商品の特徴などが語られるが、その説明の中にもスズキさんの作業の細やかさとかちょっと神経質っぽさで味付けされて、描く対象が業務の内容よりもスズキさんその人を描き出そうとしていることに気づく。これも対象(人物)を目標や障害に向けての行動で表すのではなく、普通のやり取りの中で描くのは、実線ではなく影で描こうとした「話し(恩田監督)」と同じく陰影法(←こんな言い方というか使い方無いからね)。
商売に根ざしてるとはいえ、スズキさんが商品に注ぐ愛情は湿気を伴いつつやや偏執狂っぽさを伴っている。
後半、「世の中にいらないものは無い」というセリフがスズキさんの口から出ているがそれは中古の時計やカメラのことではなく、そういうものをこそこそと売買することでアイデンティティをもつスズキさん自身を説明するセリフになっている。
劇中人物が気づいているのかどうかは分からないが、中古品は前の持ち主にとっては間違いなく「いらないもの」だった。しかし、スズキさんの手間隙によってそれは他の誰かにとって必要なものに姿を変える。
物理の世界と同じく「運動をあらわすのに絶対的な座標は無い」と同じく対象商品の性格や姿はまったく同じでも異なった座標に照らしてみればその価値は変化する。その座標変換をスズキさんはやっているのだ。

が、ドラマは次の業務日に出勤するとスズキさんは家を出てしまってもぬけの殻になっていたというオチになるけど。
さて、このお話しでは「結局スズキさんはいらないものだったから」なのだろうか?
それとももっと求められる場を求めたのだろうか?
そしてスズキさんにとって主人公のバイトの人は「いらない人」だったのだろうか?
そこは一切語られていない。
もちろん深読みすれば「スズキさん自身も異なった座標軸(価値観)に照らせばあっという間に価値を失う。」そういう寓意が潜んでいたのかもしれないが、多分そういう説教を監督はしたくは無かったのだろう。あっさりと終わらしてしまっている。
そのためオチが終わらせるためにしか作用していないことが論理にやや傷をつけた感がありもったいない。
最後の最後で待望の鈴木明日香登場(ぜんぜんらしくない不動産屋の役w)。
歌のような詩吟のようなサウンドロゴ的なスズキ商事の社歌を叫んで無理やり終わる。
ちょっとした力技に「ずるい!」と俺の周りでクスクスと笑い声。

そうかカメラやパソコンのパンフレットも売買できるんだぁ。
一軒一軒の発送の手間はかかるがそんな市場が存在することにちょっと驚き。
(純粋なメカマニア向けはもちろん、かつてのアイドルが乗ってたりするとまた違う市場があるんだって。)

◎飯野歩/『ガソリンゼロ』

gasorinzero

6月ごろ浅草で行われていた「第1回ジャパンムービーフェスタ」にこの作品がかけられたが、その時にチラシ配布もかねて出かけ、そこで飯野監督とした会話したとき、「映画ってやっぱり爆発とかアクションとかミステリーとか(注:いわゆる普通の商業映画にあるようなエンタメ要素のこと)無いとダメだと昔は思ってたんですけどね~。でも大学入って撮った作品が「詭弁の街」!よよよよw」と言った。
会話の中身の正確性は無残なことになっているが大意そんな感じで、確か「私小説的な作品だって良いものは良いし、金もかけられないし興行収入や視聴率なんか気にしなくて良い自主映画(個人映画)であれば、むしろその方向が向いてるんじゃないのか?」みたいな話しがどっかに出てそれを受けてのことだったと思う。
飯野監督の過去の作品である「詭弁の街」は本人が言うほど私小説的ではないが、いわゆるハリウッド映画のような明るい色調や華やかなアクションや豪華なオーケストラも無いという点においては確かに地味wな色調の作品だ。
そこから「ハズしちまった日」というオーバーラップを経て「ガソリンゼロ」という大人も子供も男も女もブルーカラーもホワイトカラーも楽しめる相手を選ばない普遍的な面白さを持つ作品にたどり着く。
出演したこともあって完成後はけっこう早くから見たけど、そのときの「おっもしれ~!」という感情があるものの、同時になにか異物感というかノイズが混ざっていたことも感じていた。その正体が分からずに歯切れの悪い感想しかいえなかった。
この作品の鑑賞はこれで5回目ぐらいになるが、すこしそのノイズの正体が分かりかけたので感想として書いてみる。

作品を相手を選ばず広範囲にウケるように「普遍的なもの」に加工するためには、それまで彼が使っていた(と、思われる)、あるいは他の作家がやるような『私小説的』なものを構成している要素である「暗さ」とか「湿気」などを捨て、それにより灰汁や歪み臭みを矯正・排除していく作業というのがまぁ分かりやすい方法だけど、それは等価に成り立つ取引なのか?とこの作品を見て思った。
多くの場合、この取引で得るものは「人物や事件事象のステレオ化」だったり「記号化」だったりするからだ。
(もう一つは「ウェディングケーキのような総花的で単にケバケバしいだけ」という方向w)
このステレオ化とか記号化は本当なら『面白くない理由』であげられるものであって、面白くするための取引材料としてはそぐわない。
主人公のバイクで回る青年は、回る理由がある。
が、その他の人物たちの行動や動きにリアルな背景や理由が無い。
イジメっ子、イジメラレッ子の人間関係はあるが、なぜそういう図式になっているのか?なぜ逆らえないのか?
いじめっ子に取り付いてる男二人はどういうポジションなのか?なぜくっついているのか?
イギリスへ旅立つ友人は結局彼女のことを本当は好きなのか?どうなのか?
なのにイジメてイジメられて、目的無いのに一緒にいて、バイクで追いかける。
これまでの飯野作品でもっとも記号化・ステレオ化が顕著なのだ。

ただ、それに気付くより早く次々と、事件や出来事がテンポよく続出してあっという間にエンディングにたどり着く。
その話し運びが上手いのだ。
「底の抜けた桶でも素早くすくえば水も運べる。」
ザブンと水槽にザルを突っ込み、遠心力を利用して器用にザルを回しながら目にも留まらない速さで別の水がめまで運んだら普通のバケツと同じだけの水量が運べた。
そういう感じの作品だと思う。それが俺の感動と一緒にくっついてきたノイズの正体だと気づいた。
そもそも穴の開いた桶はダメだという見方もあるだろうが、この作品の完成度を見ると欠点を持ちながら見劣りしない結果を出せる技術というものにもそれなりに価値があるじゃないか。という気持ちもある。
作家というよりは熟練の技術者の技を見た。というのが俺のこの作品に対する価値だと思う。

それにしても俺の芝居はなってないな~。なんかキャラがつかめなかった。何回見ても、若いのかおっさんなのか、中華のベテランなのかまだ日が浅いのか、主人公たちとどれくらい親しいのか、もともと人懐っこいのかそれとも頑固親父なのか、な~んにも決めてないちゅうのが一目で分かる芝居だった。ちょい役でよかったよ。
あの芝居でもっと重要な役立ったらエライ足引っ張るところだったw。

営業
新津氏の好意により舞台上でSUPER B-DASHの告知をさせていただく。
飯野監督の作品と同じステージで告知できるのはあまり自主映画を知らない人にとって最良のプレゼンテーションになる。
少なくとも「面白かった」と思ってくれた人には、多分その他の作品も面白いんだろう)と期待というか想像させられることが出来るから。
迷っていたのはこのまま打ち上げに出て確約取るのとどちらが効果があるのか判断が付かないかったが、同じ日の江古田であった別の上映会もいくらか知ってる人も居るのが分かっているのでそちらにも声をかけることを優先することにした。

その感想は後日。
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テーマ : 自主制作    ジャンル : 映画

Comments

No title 
色々書いてくださったようで・・・
ありがとうございます・・・長いから読んでないけど・・・
土曜のスーパーB-DASHを楽しみにしております
新津さんへ 
>長いから読んでないけど・・・
読めよ。


本当はあんまり読んでほしくないような・・・・。


それよか河野和男の「夜明けまで」の上映イベントを告知しいとな。
明日BABACHOPにて上記作品の上映在ります。
俺、がんばってます。
http://outmanlab.blog88.fc2.com/

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どんぱちの小原です♪

Author:どんぱちの小原です♪
映像草野球トイウ冠ヲツケテ~どんぱちプロダクショント名乗ッテマース。ソシテぇ自分デ映画作ッタリィ、自分デ上映シタリィ、出演シタリィ、他ノ上映会二行ッタリ感想書イタリ悪口言ッタリ アリトアラユル方向カラ自主映画ヲ見テイマ~ス。
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